『退けてくださいません?』

 術を発動させようとしていたためマリンは完全に無防備だった。そこに不意打ちを食らい、簡単に倒され押さえ込まれてしまったのだ。

 踏みつけられる背中も、地面に押し付けられている顔や体も痛くて苦しかったが、それ以上に誇りを踏みにじられているようで辛かった。

「うぉっ!? なんであんたがいるのぉ?」

 クレオが驚愕に満ちた声を吐き出したが、口調と言葉の所為か間抜けたものに聞える。

「やぁ、昨日は世話になったね。ふふふ。今日はお礼をしに来たよ」

「アニマムンディに捕まったのに、どうしてここにいるの?」

「タロットの息の掛かったものなんて何処にでもいるからね。どうにだってなるのさ」

 二人の会話でマリンは青年が誰だか悟った。先日クレオと共に倒し、アニマムンディに引き渡したはずの、タロットと言う組織でソードのスリーの地位を持つ男、アストレス・ニンフだ。

 一度掴まったアニマムンディの軍から単独で逃げ出せるとは思えない。ならば、青年の言う通りアニマムンディの中にタロットの内通者がいるのかもしれない。

「おっと!」

 その時激しく空を切り裂く音と、青年のおどけた声が聞えて、不意にマリンから、背中を踏みつけていた足が退いた。

 マリンはチャンスだと、地面を転がって青年から距離を取る。

「どうでもいいですけど、いい加減その汚い足をイングヴァイさんから退けてくださいません?」

 罠が生み出す人型の術を数体斬り伏せながら、アストレスにまで斬撃を飛ばしユーリが冷ややかに吐き捨てた。微笑みは浮かべているが、今にも爆発するほどの怒りを含んでいる表情だ。

 アストレスは波動で造った茨の蔓を何十にも絡めてドーム状を作り出し、自らを包み込んでユーリの斬撃を受け止めた。

 ユーリの斬撃は消失したが、アストレスの蔓のバリアーもズタズタに切り裂かれている。 

「やぁ、君は始めましてだね? 実は昨日君のお友達にはお世話になってねぇ……。君にも是非ともお礼がしたいんだ。受け取ってくれるよね!!」

 茨の壁が破壊されたドームの中央に佇み、口の端を吊り上げ、血走った目で睨みながらアストレスが告げると、切り伏せられた茨が一斉に伸びてユーリに襲い掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る