第71話『反則じゃないかな?』
中和の光が包み込む範囲のギリギリまで行くと中和の効力が切れるのを待ち、切れると再び中和の発動を繰り返しながら三人は先へ進んだ。
すでに三人には終わりのない戦いに挑むつもりもなく、自然と中和の効力が切れるのを待つようになっていた。
罠を壊すまでは、幾ら倒しても延々と現れる術と戦いで体力の消費を抑えるためであるが、正直、中和の中に入って来られないものと戦う理由がないことに気がついたのだ。
今のマリンではそれほど広い範囲を中和することはできず、半径で十メートル程度が限界だ。一度、発動させれば二十分程度は効力が持続する。三人は二十分間で十メートルずつ先行していることになる。
酷く効率が悪くて歯痒いが、例え一撃で薙ぎ払えるとは言っても、無尽蔵に出現し続ける相手と戦うのは危険であり、術である以上、どんな追加能力があるのか分からない。
辛抱強く進むのが無難だろう。
マリンは術の範囲ギリギリまで行って、発動中の中和が切れるのを今かと待っていたが、ユーリはヤスリで爪を研ぎ、クレオはお菓子を食べている。
二人はそれほど急いでいないようだ。
寛いでいる二人を見ていると、焦燥感に駆り立てられている自分は、気持ちも小さく精神も幼く感じた。
中和の光が小さくなっていき、人型の術がのろのろとした動きでふらふらと進み、相も変わらずゾンビのような動きで押し寄せてくる。
「時間を稼ぎますので中和お願いしますねぇ」
爪研ぎをポケットに仕舞い、収束していく光から外に向かって歩いていきながら、マリンに微笑みかけてユーリが言った。
「あの人数はさすがに骨が折れるから、早めにね」
クレオも苦笑を浮かべながら短く告げると、ユーリに並んで中和された領域から出て、波動の淡い光で全身を包み込んで身構えた。
「それじゃあ、時間稼ぎだね」
光で包まれた拳を振るって人型を粉々にすると、術を広範囲に向けて放って一気に数体を固めながらユーリを横目で見つめた。
クレオの術で固められたものたちは動きを止めると、弾けて砕け散っていく。
通常の人間であれば、クレオが術を解くまでそこで固まっているだけ済むが、術である彼らは耐えられないのだろう。
「言われなくても分かっていますよ」
付喪神の力を指先に宿して、人型の術を薙ぎ払いながらクレオから視線を逸らした。
クレオは小さく苦笑を浮かべると肩を竦め、人型の処理を続ける。
二人が人型の相手をするのを見つめながら、相変わらず仲が悪いななどと一顧して、今は中和をと意識を集中させた。
一日にこんなに連続して麒麟の瑞力を発動させたのは始めての経験だったせいか、微かな疲労感を覚えながらもマリンは大きく息を吸い込み、再び力を発動させようとした、そのときだった。
突然、何者かが一瞬の内にマリンの懐にまで入り込み、腹部に拳をめり込ませていた。
一瞬の間の後、鈍い衝撃に身体が僅かに宙に浮き、体の中心から全身に鈍く重い痛みが駆け抜けて、マリンは耐えられなくなってその場に膝を着いて崩れ落ちた。
「それは反則じゃないかな?」
両手で腹部を押さえて蹲るマリンは、更に背中を踏みつけられて地面に捻じ伏せられた。
聞き覚えのある、嘲りを含んだ嫌味な青年の声が耳に届いてくる。
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