『ぬぉっ、これは卑怯だよ』

「そう言われて、わ・た・し・でぇす、なんて素直に名乗るわけないじゃん」

 クレオがにんまりとした笑みを浮かべて、茶化した口調で緩く応えると地を蹴って老人にジャンプキックを仕掛けた。

 相手の手の内が分からなかったため、マリンは相手の出方を伺うべきか仕掛けるべきが迷っていたが、老人は自ら設置型の術を使うと明かしたのだ。

 それなら老人は距離に左右されずに術が使える魔術師か、波動を錬成させて、実体化したさせる錬金術師だろう。接近戦を仕掛けたクレオの判断は正しい。

 老人は錫杖を鳴らしてクレオのキックを受け止めると、後ろへ跳んで距離を取る。

「フォッフォッフォッ。若い人は血気盛んでいかんな。そう慌て為さんな。

 主たちの相手は彼らじゃよ」

 老人が眼光のない血走った白目を見開いて低く恫喝すると、波動を高めた。

 老人の波動が四方に広がり、町の人々を飲み込んでいく。

 波動はそのまま町の人々の体に浸透して淡い光で包み込み、瞳のない目を開けると、三人に向き直って近付いてきた。

 残念ながらマリンの予測は外れた。

 老人は物や生物に波動を注ぎ込み、強化して、思い通りに操る指導者(トレーナー)のようだ。

 しかも操る対象は寄りにもよって町の人だ。

 町の人たちが包囲されても騒ぎ出さなかったのは、すでに操られていたのだ。

「ぬぉっ! これは卑怯だよ!」

 今度はクレオが大きく後ろに跳んで距離を取る。戦闘になれば町の人が何人いようがクレオの敵ではないだろうが、目的は町の人たちの救出だ。

 当たり前だが救出の対象を傷つけるわけには行かない。

「大人しく捕まってしまえ。なぁに悪いようにはしないさ。 主らなら、すぐに小アルカナの側近くらいになれるじゃろう」

 まるで訓練された軍隊のように、一糸乱れぬ動きで近付いてくる町の人たちの傍らに立って、老人は嫌な笑みを浮かべて言い放った。

「ん~。タロットの使い捨ての駒にされるのは御免かな」

 軽口を叩いて老人を挑発しているが、正直クレオにもう手が残されてないだろう。

 いや、老人が相手ならば幾らでも手はあるだろう。問題は押し寄せてくるのが町の人と言うことだ。

 クレオは右に左に動き回りながら老人の隙を伺うが、人垣が邪魔をして進めずにいる。

「そうは言っても打つ手なしのようじゃないか。大人しく捕まってしまえ。

 主らならば、ワシの良い側近になる」

 老人は勝ち誇った口調で言うと、町の人がゆっくりとクレオとの距離を詰める。

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