『束の間の喜びを楽しむがいい』
「元に戻って良かったねぇ? 大きいままだったらどうしようかと思ったよ」
クレオがからかうように言いながら近付いてきた。普段なら感情を逆撫でされたかも知れないが、今はそんな軽口も心地良い。
それは、一緒に帰れるということなのだ。
「確かにあれじゃあバスにも電車にも乗れなかったわね」
だから、マリンも余裕で返すことができた。
二人ともあの男を捕らえて早く帰りたいだろうに、今はシャナを救い出した余韻に浸っているマリンを静かに見守っていてくれている。
「ふぅ……、ふぅ……、ふぅ……、ふぅ……。まさかこんな展開になるとはねぇ……。
だけど、好きにするがいいさ。そいつは薬がなければどうせ長くは生きられない。束の間の喜びを楽しむがいい」
突如、穏やかになっていた心境を掻き乱す不快な声が響き渡った。
目を向けると、科学者は四人から十分に距離を取ってから立ち上がり、シャナに殴られていまだに流血の止まらない鼻を押さえながら偉そうに何かを言っている。
あの男が騒いだところで今更なにもできないだろうと一瞥すると、制服の上着を脱いでシャナに掛けてやる。
「そんじゃあさ、あんた一緒に来て作ってよ。その薬」
シャナを抱き締めているマリンを優しく見守っていてくれたクレオが、スーツの男に向き直ると、瞳がまったく笑っていない冷たい笑顔を浮かべて、淡々と言いながら男のほうへ歩いていく。
「それは丁重にお断りさせていただこう。ユグドラシルでは私は冷遇されるからね」
スーツの男は不敵に笑うと大仰な仕草で拒否の意を示した。その姿はこの状況に於いてもまだ余裕があるのが伺え、なにか奥の手を忍ばせていることを感じさせた。
しかし、波動術者とも思えない男が隠し持つものなど、銃や爆弾くらいなものだろう。どちらを使ったとしても、クレオなら早々に対処してくれるはずだ。
「なんだか余裕だね? なにか切り札を持っているみたいだけど、なにを見せてくれるのかな? あの子みたいに変身でもしてくれたら私も本気になるんだけどなぁ」
男がこの現状を打開する唯一の方法は、シャナが飲んだのと同じ薬を飲んで怪物に変貌することくらいだと踏んだのか、クレオが敢えて挑発するように言った。
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