『誰もいませんね』
町は静まり返っていた。
夜中だと言うのに明かりの着いている家は一軒もなく、物音はおろか人がいる気配さえ感じない。
大きな通りが町の奥へ向かって伸びていて、その左右にはドラマや映画のセットか、ジオラマのような木造二階建ての三角屋根の家が立ち並んでいる。
どの家も窓には植木鉢が置かれており、本来ならば様々な花が咲き誇って、ここを通る人々の目を楽しませているのだろうが、今は雑草が伸び放題であるのが暗闇の中でも分かった。
普段は夕方になった時点でなんらかの処置がされているだろうに、今はもう夜中だというのになんの処置もされずに放置されている。それだけで世話をするものが去って久しいことを物語っていた。
少し先には階下がアーチ状になっていて、通りは決して阻まない大きな時計塔が聳え立ち、通りに面した場所に立てられた店舗らしき家々の出入り口には、手造りの個性感が溢れた看板が掲げられている。
住人たちの自分の店への、さらには街に対する愛情がひしひしと伝わってくる。
まるで物語の中に迷い込んできたような可愛らしい町なだけに、この静けさは、一層悲壮感を掻き立てられた。
三人は周囲を見回しながら、闇と沈黙に包まれた町をゆっくりと進んでいく。
「誰もいませんね」
暗い夜の闇に飲み込まれた、時の止まったような街の風景を見回しながら、ユーリがポツリと呟いた。
「うん。集団失踪、らしいしね……」
自分たちが調査に来た内容を考えれば当然と言えば当然の状況だが、実際にそれに直面してみると世界に取り残されたような感覚に陥り、無意識に口調が弱くなってしまった。
「だけど、トラップを仕掛けた術者くらいはいても良さそうなんだけどなぁ……。
マリンが中和したのは気付いてるだろうし」
戸惑う二人とは違い、こんな場所を歩くことにもなれているのかクレオは怯んだ様子もなく、顔色一つ変えずにいつもの調子で不思議そうに言った。
その仕草の一つ一つからしてとても自然体で、ユグドラシルの工作員として世界中を飛び回っているというのは、嘘や伊達ではないのだと感じさせた。
マリンは意識を集中させて周囲に気を馳せてみたが、やはり人の気配は感じられない。
まぁ、もしも術者がいるのだとしたら、すでにクレオがなんらかの行動を起こしていることだろうが……。
「何の気配も視線も感じませんね」
マリン同様、クレオの言葉で辺りの様子を伺ったのか、ユーリがポツリと呟いた。
「でしょう? この街にはもう誰もいないか……」
「私たち三人でも感じられないくらいに気配を隠すのが旨いか、ね」
何の変化も起きない周囲へ気を張り巡らせ、注意は怠らずにクレオの言葉を引き継いでマリンは囁いた。
マリンは波動は扱えないが感知力には定評がある。それに加えてクレオは実戦経験を兼ね揃えた波動の達人であるし、ユーリは偏見かも知れないが、性格上隠れたものを探し出すのは得意の分野であろう。
その三人がこれだけ注意を払っても見つけられないとなると、相手の実力は計り知れない。
マリンは誰もいないことを祈りつつも、覚悟が甘かったときゅっと唇を噛み締めた。
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