『唯一の存在理由だ!!』

 あの時、確かにシャナは微かにだがマリンの言葉に耳を傾けて、手を差し出してくれた。そのことで、一層敵対しなければならない現状が悲しくなった。

〈迷わないでください。イングヴァイさん。

 波動は心の力。迷いは波動を乱します〉

「うん!」

 マリンの迷いを察知したユーリが咎めるように声を掛けてきた。

 武器であるユーリにとってマリンの敗北は彼女の命に関わることだ。中途半端ではいけない。戦うと決心をした筈だ。逃げて戦いを回避すれば、シャナはまたタロットの命令を受けて他の町を襲うだろう。

 それなら、ここで倒して終わりにする。後悔なんて後で幾らでもしよう。

 シャナも本心ではそう望んでいると勝手に思い込むことにした。

 身を低くしてシャナの動きに目を配る。大鎌の分を差し引いても間合いはシャナの方が長い。攻撃の直後を狙って懐に飛び込むのが最善だろう。

 だが、怪物と化したシャナはなぜか攻撃を仕掛けてこないでマリンをジッと見ている。

「シャナ……?」

 シャナも此方の様子を伺っているのかと思ったが、さっきまであれだけ暴れていた彼女がそんな冷静な戦闘をするのだろうかと言う疑問が残った。

「ほら、敵を殲滅しろ! それがお前に与えられた唯一の存在理由だ!!」

 科学者が出した口調の荒い指示に、怪物と化したシャナが瞳を見開いて腕を振り翳した。

 タイミングを合わせて懐に飛び込もうと、マリンは正面で大鎌を身構えると、脚を肩幅に開いて腰を低く落としていつでも飛び込めるように備えた。

 だが、シャナは腕を振り上げたままで固まったように動かず、耐えるように体を小刻みに震わせて、ただ、ただ、マリンを見下ろしている。

 それを見てマリンはハッとした。

 シャナの深層心理で話す前はこんなことはなく、科学者に言われるまま、問答無用で攻撃を仕掛けてきていた。

 それが今は打撃を途中で止めたままで撃とうしない。

 まるで攻撃をするのを躊躇っているようでもあり、マリンに攻撃をしやすいように急所を晒しているようでもあった。

 いずれにしても、姿はどうであれ、今のシャナに理性が戻っていることは確かだ。

 それを感じたら自分もシャナに応えなければならないと、いたたまれなくなった。

 大鎌になったユーリを下ろして構えを解くと、身構えるシャナに無防備で近付く。

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