『怖いの……』

 少女はまるで保護された捨て犬のような疑心に満ちた瞳で見つめてくるが、ただ、顔を向けているだけでその瞳はマリンを映していない。

 その瞳を見つめ返し、どんな風に生きて来たらこんな悲しい目になるのだろうと、シャナのこれまでを考えてみたが、きっとマリンの想像の範疇を超えていることだろう。

 これまでマリンも劣等感に苛まれ、努力しても届かない才能の差というものを目の当たりにし、考え、悩み、苦しみ、それでも成長しようと懸命に生きてきたが、シャナの過ごしてきた日常と比べると、恵まれているのだと思えた。

「こんなところに閉じ込めるなんて酷いわよね」

 マリンはシャナに微笑み掛けて小さく肩を竦めると、立ち上がって牢屋の入り口を探したが、不思議と見つけることができなかった。

「変ね……。この牢屋、出入り口がないわ……」

 もう一度、牢の隅々まで見逃しがないように巡回しながら独言した。

 入り口もないのに何処からシャナは牢に入ったのだろうと疑問を抱いたが、ここは彼女の精神の世界だということを思い出した。

 それなら入り口など必要ない。シャナは自分で牢に籠もっているのだ。

 それに気が付き、マリンは再びシャナの前まで行くと目線を合わせるために屈んだ。

「ねぇ、あなたはどうしてそんなところに閉じ篭っているの?」

 ここがシャナの深層心理であるなら、彼女の心一つでこの世界は一変するはずだ。

 彼女は普段、研究所で科学者にこういう扱いを受けて来たのだろう。

 その経験が、彼女の精神をこんな寂しい場所に閉じ込めているのだ。

 しかし、そうだったとしても、さっきは人形に囲まれて眠っていたし、ジュースも知っていた。楽しいことなど幾らでもある。

 もう、精神世界でまで牢に閉じ篭っている必要なんかない。

「怖いの……」

 無表情のまま、シャナは油断したら聞き逃してしまいそうな小さな声でポツリと答えた。

「怖い? あの科学者が?」

「……。ここから出るのが……」

 不思議に思ってマリンが問い掛けると、シャナは暫し考えるように沈黙の後、小さく頭を振ってどこか躊躇いがちに囁いた。

 暗くて狭くなにもない。そんな牢屋の中でしか彼女は安心ができないのだ。

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