第23話『そんな簡単なもんじゃないしょ!!』
洞窟は大の男が二人並んで歩けるかどうかの狭いものだ。コンクリートに穴を開け、岩を抉って掘っただけの無骨なトンネルで、四方は岩が剥き出しになっている。
足場が悪くて油断したらつま先が引っかかってしまいそうであり、回りもいつ崩れてもおかしくない。
普段、舗装された道路や整備されたグランド、遊歩道などを歩くことの多いマリンにとって不快な通路だった。
「今回、学園を襲撃するためだけの通路だからねぇ。ちゃんとした通路なんて作らないよ。
ほら、これなら最後に爆発でも起こして埋めちゃえば証拠も残らないでしょ?
なによりも簡単で早いしね」
眉を潜めるマリンに、理由を告げるようにクレオが振り返って言った。
なるほどと微かに感心はしたものの、少し考えれば分かることに、目の前のことしか見えていなかったのだと認識して、周囲に気を配れてなかったことを恥じた。
ここから先は、学園の風紀を守る見回りではなくほとんど経験のない実戦だ。一瞬の油断が命取りになることだってある。マリンは唇を噛み締めると改めて気を引き締めた。
周囲に気を張り巡らせながら足場の悪い通路をゆっくりと進んで行くと、クレオが不意に足を止め、波動を高めて周囲に張り巡らせ始めた。
この術は知っている。普段は体の周囲のみに漂わせている波動を広げて展開させて、広範囲を包む術だ。
結界のように特別な世界を構成したり、その範囲内では身体能力が格段に上がるなどの効力はないが、センサーのように細かく把握できる……、らしい。
クレオがこれを使ったと言うことは、なんらかの危険が潜んでいるのかもしれないと、マリンも辺りを警戒した。
「なんだ。媒介か。マリンが結界そのものを中和しちゃったから、もう用なしぃ」
クレオは唄うように呟くと、小走りで壁際へ駆け寄りペリッと剥き出しの岩に無造作に貼られていた、人の形に切られた紙を剥がした。
媒介。特別な術を込めて造った依りしろを設置し、離れた場所から術の発動を代理、補佐させる呪符だ。
絶えず術を注ぎ続けて遠距離から強力な術を発動させるものと、予めある程度の力を込めて置き、その力が尽きるまで術を発動させるものがある。
遠距離から力を注ぎ続けるタイプのものは持続性も高く、その時々に寄って力の強弱を調整できる利点があるが、術者は常に術を発動させなければならず、危険性は激減するものの他のことをすることはできない欠点がある。
一方、最初に力を込めて術を発動させるタイプならば、一度準備をしてしまえば勝手に媒介が術を発動してくれるため、結界を張りながら他の戦闘に加わることも、さらにはるか遠くにまで移動することもできる。
だが、最初に設定された一定の力で術を発動させるため、想定外の事態に陥ったときの対応が聞かず、また、込められた力が尽きたら術が解けてしまうと言う欠点がある。
どっちが良いかは時と場合に寄るだろうが、マリンの力で中和されたその媒介は、どっちのタイプであろうとすでに媒介としての効力を失っている。
「術が解けた媒介まで感じることができるものなの?」
「んぅ? 範囲を広げたの感じたの? ほんと感度いいねぇ……。
それでなんで使えないのか……」
クレオの手から媒介だった紙を抜き取ると、手の中でくるくると回して表裏を見つめて、完全に術が解けているのを確認しながら、正確に紙の場所へ一直線に向かって行ったクレオに不思議そうに問い掛けたが、クレオはいつものにんまりとした笑みを少しだけ強張らせながら振り返ると、重い口調で呟いて溜息さえ吐き出した。
「そんなこと言ったって、使えないものは使えないんだから仕方がないでしょう!?」
波動術は誰かが発動をさせていても、術者以外ほとんど感じることができない。
素質のあるものというのは、なんの訓練を受けなくても感じられるらしいが、波動の存在自体を知らないため、霊感が強い程度の認識しか持たないのだ。
もっとも霊と言うのは肉体と精神が離れたより魂に近い存在であるため、波動の塊とも呼べるだろう。そう考えるならばあながち間違った表現でもない。
「ん~。きっとコツが掴めてないだけだろうけど、こればっかりは仕方がないねぇ」
クレオはにんまりとした笑みを浮かべたままで、波動の範囲は広げたままで通路の奥へ向かい歩き出した。
幾らクレオが波動を張り巡らせていようと、マリンは警戒を怠らずに神経を研ぎ澄ませた。マリンがどんなに頑張ったところで、クレオのほうが先に察知するのは分かっているが、言われるままに行動しているだけではいざと言うときに反応ができない。
危険をクレオが知らせてくれたとしても、その後の行動は自分で考えて動きたいと思ったのだ。そうでなければ足手纏いになってしまう。それだけは避けなければならない。
「コツぅ!? そんな簡単なもんじゃないでしょう!!」
実はマリンは幼少の頃より八年と言う年月を波動の訓練に当ててきたが、ついに開花することはなかった。そのこともあり、家に居辛くなって学園にくる決意をしたのだ。
師となり波動を教えてくれた父親は、そんなことを気にするのは下らないと言ってくれたが、当の本人であるマリンにしてみれば重大な問題である。
家族で波動を使えないのは自分だけという劣等意識に駆り立てられたのだ。
『ちゃんと人に教えるプロに習えば私だってすぐに使えるようになる』と酷い言葉を投げ付けてまで逃げるように学園にきたが、ここで教わるのは基礎体力の底上げと特殊能力の向上のみで、波動術はカリキュラムにさえ組み込まれてはいない。
だから、時間が取れるときに自主練は欠かせていないが、一向に使えるようにならない。
それをコツなどという簡単な言葉で片付けられるのは腑に落ちなかった。
「ああ、ごめんごめん。そうだよね。それは私が使えるようになったから言えるんだよね。
一生懸命な人に対して無神経だったよ」
困ったように頭をポリポリと搔きながらクレオは苦笑を浮べて顔を落とした。
悪気はないことは分かっているため、マリンもそれ以上は責めたりしない。
「もういいわよ。ほら、先に行くわよ」
「うん……」
肩を落としてシュンとしているクレオの姿を見ていられずに、短く告げると肩を軽く叩いて先へ促したが、クレオはいまだに少し元気のない様子で小さく頷いた。
なにもそこまで落ち込まなくてもいいだろうとマリンは思った。
これではまるでマリンがクレオをいじめているようだ。
クレオの態度に反省ともまた違うなにかを感じながらも、そこに触れていいのかどうか計り兼ねて、二の句を告げなかった。
「波動は妄想力だから現実的だと難しいみたいだね」
「妄想力? 自分を信じる力じゃないの?」
「うん。だから強い自分の姿を妄想するんでしょ?」
「妄想って……、あんたねぇ……」
言っていることは間違ってはいないと思いつつも、他に言いようがあるだろうと呆れた。
「うっ、マリン、タンマ。ちょっと待って!!」
先に進もうとしたところを、それまでとは違った慌てた様子でクレオに制止を掛けられて、マリンは足を止めた。
「なによ?」
「罠がある!」
低く告げられた言葉に、マリンは慌てて二歩三歩下がると、周囲に警戒を向けた。
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