第22話『来てくれるって信じてたから……』

「やっぱり分かるんだね。ある一定の空間を術で覆って、外とは隔離された世界を作り出す特異の術、結界。

 無関係の人間の侵入を阻み、対象者の退路を塞ぐ、閉鎖された世界の創造って言ったほうがいいかな?」

「結界の中で世界の崩壊が起きても外界にはなんの影響もなく、対象者が結界から出るには結界を張った術者か、その媒介が術を保てないくらいのダメージを与えるしかない。

 だけどその場合……」

 結界の説明を始めたクレオに、言われなくても知っていると主張するために、クレオの言葉を遮り、口許に笑みを浮かべて続けた。

「結界の中で起きたのと同じ被害が現実社会にも起きる」

 クレオはにっこりと笑うとそう締め括ってマリンを見つめた。

「今、結界の外に締め出されている私たちには、本当はなにが起きているのか分からないけどね……」

 クレオの言葉にマリンはハッとしてクレオを見つめた。クレオは何かを期待した眼差しで促すようにマリンを見つめている。

 クレオがわざわざマリンをここに連れて来た理由をようやく悟り、そういうことかと瞳を細めた。

「なるほどね……。あんた、ここを前から知っていたのね? 私を連れてきたのはこの結界を解かせるためでしょう?」

 確かにマリンの持つ麒麟の力、中和能力ならば、術者が各上であろうと、媒介を探り当てることができなくとも問答無用でどんな結界でも消し去ることができる。

 クレオは何処からかそれを知り、わざわざマリンを選んで連れて来たのだ。

「んぅ。そう。ばれちゃった?」

 詰問するマリンにクレオは僅かに顔を強張らせると、にんまりとした笑いを浮かべてあっさりと認めた。

「あそこにいたのも調査をしてたんじゃなくて、私を待っていたのね?」

 最初から違和感はあった。大きな事件になると、中等部から大学院生までの風紀委員が混同で事件に当たるが、同年代でありながら一度も見たことがなかった。

 この国には中等部は一つしかない。同年代の風紀委員ならば会っているはずだ。

「うん。そう。昨日の夜帰ってきて、病院が強襲を受けたのを聞いて慌てて行ったんだよ。

 そしたらちょうどマリンが魔術師の攻撃を中和しているところを目撃してさ、もしかしたらこの結界も破れるんじゃないかって情報を集めてたんだ。そんで待ってたの」

 そう。クレオは調査の最中に平気で現場を離れたのだ。それも確信に満ちた足取りで。

 調査をしようと言うものが、あそこまで簡単に現場を放棄するはずがない。

 もしもあるとしたら、すでに調べ尽くして調査する必要がないと判断し、他の場所の調査へ移るときか、犯人に繋がるなにかを手に入れたときだ。

 もうあの時点でここを知っていたのなら、あの時クレオが取った行動にも納得がいった。

「私が一緒に来なかったらどうするつもりだったのよ?」

「ん~。来てくれるって信じてたから……」

 あまりにも無計画な策に呆れつつも問い掛けたが、クレオは微笑みを浮かべてまっすぐにマリンを見返してきた。

「会ったこともなかったくせに、どうしてそんなことが言えるのよ!」

 なんの根拠もないのに言ってのけるクレオに、マリンは小さく鼻を鳴らすと過剰な期待に居心地の悪さを感じて視線を逸らしながら捲くし立てた。

「今まで関わってきた事件と、その時に取った行動を調べれば、だいたいの人となりはつかめるよ。それでこの作戦を立てたから、きっと来てくれるって思った」

「今まで私が関わってきた事件をどうやって調べたのよ?

 あなた、いったい何者?」

 風紀委員には、関わった事件や取り締まった生徒、見つけた危険物や危険箇所などを、報告書にして提出する義務がある。

 その報告書を元に、見過ごせないような案件に対しては、中学だけではなく、初等部から大学部にまで展開して警戒を促すためだ。

 だから、マリンも今まで何通も報告書は提出しているが、それはこの小さな国に在住している、数少ない大人たちが見るものであって生徒が簡単に目にできるものではない。

 それに目を通せることも含めて、彼女は情報を持ちすぎている。さらに風紀委員以外は立ち入り禁止だった病院にいたにも関わらず、他の風紀委員に咎められることもなかった。

 マリンはいい機会だと、彼女に会ってから一番聞きたかったことを口に出した。

「私? 私はねぇ、ある時は学長の娘。そしてまたある時はユグドラシルの工作員。

だけどその実態は、花も恥らう花の女子中学生。学校に籍はおいてないけど……」

 クレオは突然これまで見たことのない真剣な顔をすると、まるでドラマの主人公か敵役が変装を解くシーンのように勿体ぶった言い回しで無意味なポーズを取って告げた。

「学校に籍がないんじゃあ中学生じゃないじゃない!」

 矛盾したクレオの言葉に、マリンはほとんど条件反射で言葉を発していた。

「そこに食いつく? さっすがマリン。ナイスツッコミ」

 クレオはいつものにんまりとした笑みを浮かべると、親指を立ててマリンに突き出した。

「そんなことで褒められても全然嬉しくない……!」

 もっと問い質さなければならないことは他にある。にも関わらず、クレオ誘うような軽口に思わず乗ってしまった自分が恥ずかしくて、わざと突慳貪な態度で視線を逸らして言い捨てた。

「えぇ~!? ノリが悪いと友達できないよぉ?」

「ノリだけでできる友達なんて別に要らないわよ。

 それよりさっき言ったことって本当なの? あんたが学長、道化師の娘で、ユグドシルの工作員っていう話よ」

 マリンはジッとクレオに視線を向けると、声を低くして詰問した。

「本当だよ?」

 自分から明かした秘密を、今更取り繕ったりはしないだろうとは思っていたが、存外あっさりと認められて少々拍子抜けだった。だが、それなら話は早い。マリンは彼女の正体を突き詰めようと問い質した。

「どうして学長の娘がユグドラシルの工作員をやっているのよ?」

「んぅ? 別に不思議じゃないんじゃない? ユグドラシルはこの国と同盟を結んでいるんだし、私の実戦経験を積む良い場所だしね」

「この学園の生徒は卒業したらユグドラシルに強制就職って本当なの?」

 ユーリが学長室で道化師に言った言葉がどうにも頭に引っ掛かっていて、それが本当なのか真相が知りたく今ならクレオも答えてくれるだろうと問い掛けた。

「うはっ……。すごい噂が流れてるんだねぇ……。この学園にはユグドラシルから預けられた人間から迫害を受けた人が多いから、その人たちは力の使い方さえ覚えればユグドラシルへ帰っていくけど、他の人たちを強制的に就職させたりはしないよ。

 ここを卒業しても行く場所のない人は、ここで働いて貰ったり、ユグドラシルを紹介したりもするけど、あくまでも本人の意思を尊重しているしね」

 マリンの言葉に軽く失笑すると、そのまま苦笑を浮かべながら困ったように頭をポリポリポリと搔きながら、弁解をするように告げてきた。

「ユグドラシルってどんな組織なのよ? この学園と同様に色んな種族が集まっている組織だって言うのは知っているけど……」

「あそこは組織じゃないよ。国だよ」

 口をへの字にしたマリンの問い掛けに、クレオは一度目を閉じると、口許に微笑みさえ浮かべて頭を小さく左右に振りながらゆっくりと瞳を開けて否定した。

 クレオの表情には憂いさえも垣間見え、ユグドラシルを大切に思っていることが伺える。

 彼女の反応を見る限り、それほど警戒すべき集団でもないのではないかと思えた。

「国……? 国ねぇ……。それで、なにが目的なの?」

 国と呼んだ彼女の台詞に大袈裟だと思いながらも、この学園も小さいながらも一つの国として成立しているのだから、それも有り得るかも知れない。

「目的? ああ。あそこには世間で噂されているような変な目的はないよ。

 強いて言うなら国の発展と国民の安全かな? 

 知っての通り特別な国だから、異端者を認めない人間に良く思われていないんだよ。

 脅威に思ったんだか、それとも国を滅ぼす同志を集めようとしたのか、あちこちで『危険思想を持った集団』みたいに言われてるけど、それは人間が勝手に広めた噂だよ。

 そりゃあ攻め込まれれば迎撃したりはするし、大きな声では言えないこともやっているけど、全部国を守るために仕方なくだよ。

 でも、その人間が流した噂が威圧になって、最近までは平和だったけどね」

 少し翳りのある微苦笑を浮かべながらクレオは小さく溜息と一緒に吐き出した。

「ああ、今、どこかと戦争しているんだったわね」

 最近どこかでそんな話を聞いたなと思い、マリンは小さく呟いた。

「大袈裟だよ。戦争なんて大それたものじゃないよ。幹部のいない時を見計らって、ユグドラシルから追放された人たちが嫌がらせ染みたテロを起こしているだけ。

 だから、幹部が帰ってきたらすぐに鎮圧できるよ。

 ただ、それまでの間に怪我人がいっぱい出ちゃうのは、宜しくないけどね」

「その幹部はいつ帰ってくるの?」

 不安そうに弱々しい口調で言うクレオが心配になり、ユグドラシルは直接的には関連がないにも関わらずマリンは聞いていた。

「三日後には戻ってくるかな? なにもなければ……」

「そう……。心配ね。それまでユグドラシルの人たち怪我しなければいいわね」

「心配してても仕方がないよ。みんな強いから大丈夫。

私は今、私にできることをやるだけ。

 だから、もぉいいでしょ? ここまで話したんだからそろそろお願い」

 そう締め括り、クレオがマリンを見つめて微笑んだ。麒麟の中和で結界を解いてくれと言っているのだ。

 隠し包まず、すべてを話してくれたのはマリンに対する報酬なのだ。

マリンもそれが分かっていたからこのタイミングで問い掛けた。ならば、今度はマリンが希望に応える番だ。

 マリンはクレオを見つめ返すと、意識を集中させながら強く頷いた。

 身体の奥底から熱くなってきて、身体の回りから白い光が溢れ出してくる。

「行くわよ。分かっているとは思うけど、暫くの間、一定の範囲はあなたの得意な波動も使えなくなるから覚悟しなさい」

「うん。分かってる。大丈夫だよ」

 軽く忠告したマリンににんまりと笑ってウィンクをし、親指を立てたクレオを見て思わず失笑すると、マリンは身体から溢れ出す白い光を解き放った。

 マリンの体を中心に、半径で数メートルの空間が白一色に染まり、あらゆる術を無と為す麒麟の力が包み込んだ。

白一色だった風景に一瞬辺りの景色が浮かび上がり、それまで結界により作られていた虚像の世界に皹が入って崩れていき、真実の姿を露にさせた。

 四方をコンクリートで覆われた空間で、床には消毒液で白く濁った水が川のように流れている。そしてマリンとクレオは端にある一段高くなった通路に立っていた。

 結界を解く前となんら変わりはなく、高度な結界術の重要さに直面することができた。

 そう、壁の一部だけが切り取られたように見事に壊され、洞窟のように奥に続く通路があること以外は……。

「んぅ。一瞬か……。助かったけど、なぁんか悔しいな……。

私がなにをしても揺るぎもしなかったのに……」

 結界が決壊した場所を糸のように細めた瞳で見つめながら、クレオが複雑そうに呟いた。

 術者を探し出してダメージを与える、媒介があるなら破壊する、空間そのものを切り裂く、時間魔法で結界が張られる前まで戻す、結界に使われた以上の力をぶつけて破壊する、除術で払い除けるなど、結界を無効化させる方法は幾つか存在する。

 クレオは勿論マリンよりも詳しくそのことも方法も心得ていることだろう。

 幾つも試してみたがダメだった。そんな響きがクレオの声音から伺えた。

「なによ? それじゃあ結界を解かないほうが良かったって言うの?」

「やだなぁ、助かったって言ってんじゃん」

 不満そうにするクレオを横目で見つめてマリンが唇を尖らせると、クレオは乾いた笑みを浮かべながら手をパタパタと振って宥めてきた。

 結界を解けたのは、マリンがクレオよりも優れていたわけではない。ただ、持っている力の相性が良かっただけなのだ。

 先にも述べた通り、結界を取り除くことはできる。だが、その手法のほとんどが張る側よりも解く側の方が不利なのだ。

 特に媒介を使った設置側の結界は、術者の倍の実力を持っていなければ解けないとさえ言われている。だからクレオが解けなくても可笑しな話ではない。寧ろ当然なのだ。

 マリンが結界を解徐できたのは、マリンの持つ麒麟の力の特性でしかない。

仁獣と呼ばれている麒麟の特性は如何なる術をも消し去る中和の力だ。その力で仙人と魔獣の争いから人間を守ったと言う逸話もあるのだ。

結論として言えば、マリンはクレオや結界を張った術者よりも大きな力があるわけではなく、力の相性が良かっただけなのだ。劣等感はマリンの方が遥かに大きい。

悔しいのは波動を見せつけられたマリンのほうなのだ。

「そんなことよりあんたはこの先に用があるんでしょう? 

ちゃっちゃと行くわよ」

 マリンは内心で毒付きながらも、切り取られた場所から奥へ入ろうとした。

「あ、マリン。この先にいるのはユグドラシルを攻撃している一味の仲間だから、着いて来るなら覚悟してね」

 奥へ進もうとしたところを呼び止められ足を止めて振り返ると、クレオは意味深な言葉を残してマリンの傍らを通り抜けて洞窟の奥へ進んでいく。

「止めはしないのね」

 突然言われた真相に近付く一言にマリンは小さく緊張するも、制止を掛けられなかったことに小さく微笑み、皮肉を込めて返すとクレオの後を追いかけた。

「止めないよ。だって一緒にいてくれたほうが楽できるもん」

 マリンの問い掛けに楽しそうに答えると、クレオは洞窟の奥へ歩みを進めていく。

「楽できるって……」

 クレオの言葉に呆れて溜息を吐いた。

 相手はユグドラシルに戦争を仕掛け、その同盟であるというだけでほとんどが未成年のこの国に、しかも一番に病院を平気で攻撃してくるような連中だ。マリンは気を引き締めると手持ちの装備を確認しながらクレオの後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る