『期待はしてなかったけど』

「お邪魔しまぁす……」

 可愛らしいデザインの木制の扉を引いて、誰もいないだろうとは思いながらも一声掛けてから家の中へ足を踏み入れた。

 町の人の行方を追うための調査とは言っても、客観的に見ればただの不法侵入だ。なんだか落ち着かない気分ではあったが、今は仕事だと割り切って屋奥へ入る。

 室内は暗く、外から入り込む星と月の淡い光だけが唯一の光源だった。

 壁や棚には可愛らしい皿や装飾品が綺麗に飾られているが、やはり食事の最中に消えてしまったらしく、テーブルには冷え切って固まりつつあるスープが二つお盆に載せられていて、引かれたままになっている椅子の前に、他の食事と共に置かれている。

 まさに今、食事が始まろうとしたときに、忽然と人間だけが消えてしまった風景が安易に想像させられる状況だった。

 食べられることなく、冷めてしまったスープと乾き切ったパンや野菜類が酷く悲しく瞳に映り、こんなことを繰り返さないためにも早く事件を解決しなければと決意を新たにさせた。

 家の中を一通り調べ、やはり誰もいないことを確認するとマリンは一軒目の家から外へ出た。この先、これを何度繰り返すのだろうと前方に視線を向けると、家はまだまだたくさんある。

 全部を調べ終えるのにいったい何時間掛かるのだろうと思ったとき、マリンはあることを閃いた。

「あ、そうだ……」

 マリンは太腿から魔装具を引き抜くと、術を発動させて明かりを灯す。

 なにか痕跡を見つけるのが目的なら、軒並みに全部の家を調べて行かなければならないが、今探しているのは誘拐から免れた町の人か、罠を張った術者である。

 なにか目立つことをすれば、此方が探さなくても向こうからやってくるかも知れない。いや、来なかったとしてもなんらかの反応は示してくれるだろう。

 家の灯りが一つも灯っていない今なら、離れた場所からでも光を認識することができるはずだ。もしも三人の他に人がいたら、無視はできないだろう。

 だが、わざわざ光を放ち自ら囮となったマリンを見る、ユーリやクレオの呆れた顔が見えた気がした。

 波動の光は淡く、電気のように辺りを昼のように明るくすることはできないが、月や星よりは明るい。マリンは明かりを灯した魔装具で辺りを照らして人影を探す。

 しかし思った通りには行かず、近付いてくる人影はおろか、なにかが動く気配や物音すらしない。

「まぁ、期待はしてなかったけど……」

 身を潜めているものがいるのだとしたら、絶好の機会を与えたのに向かってこないのは、なにかを狙っているからだ。そしてもしも罠を張ったものさえこの町にいないのだとしたら、身の安全は保障されるがこの先打つ手なしとなる。

 誰かいるにせよ、いないにせよ、クレオの別命があるまではこのまま調査を続行するのがセオリーであろう。

 マリンは明かりを灯した魔装具を翳しながら隣の家の扉をノックすると、一件目と同じように一声掛けて家の中へ入っていく。

 せめてものマナーだ。

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