『こわっ』

 その家は、廊下に木でできたアンティック調のベンチが置かれ、そこにピスクドールと言うのだろうか、人と同じくらいの大きさの人形が座らされ、並べられていた。

 もしもここが、博物館や雰囲気のある洋館だったなら、あるいは目を奪われていたかも知れないが、唯一の光源がマリンの持った魔装具の放つささやかな光だけであるこの状況では、今にも動き出しそうな人形の前を通るのはただただ怖かった。

 廊下の端から端まであるベンチに、並んで座っている二十体にも及ぶ人形たちは、光の当たる角度や通り過ぎる早さなどで表情が変えているように見え、寒くもないのに背筋に冷たいものが走り、怖くもないのに恐怖を沸き上がらされた。

 あの中に人が混ざっていても気付かないかもしれないな、などと頭の片隅でぼんやりと考えながら、廊下を進んで家の奥へと向かった。

 部屋の奥には天蓋着きのレースのカーテンが着いたクイーンサイズのベッドが置かれていて、ベッドにもその回りにあるメルヘンな椅子にも、たくさんのピスクドールが座らされている。

「こわっ……」

 思わず言葉を洩らすもゆっくりと部屋へ足を踏み込れ、魔装具で室内を照らしながら部屋の奥まで行くと、人が混ざっていないか注意深く見回したが、やはり全て人形のようだ。

「ふぅ……」

 マリンは小さく安堵の息を着いて胸を撫で下ろすと、踵を返して部屋を後にしようとした、その時だった。視界の隅で一体の人形のが動いたような気がした。

 思わず飛び上がるほどに身震いをして、反射的に振り返った。

 全身に鳥肌が立っているのが分かる。これは、恐怖と言うよりは悪寒だ。

 人ならざるもの、例えるなら、幽霊や呪いの人形に感じるものである。

 錯覚だ、気のせいだと自分に言い聞かせながら、マリンは魔装具を人形に近づけると、いったい一体、順に顔を照らして様子を伺う。

 人形が動くなんてありえないのは分かっているのに、もしかしたらと言う疑念も捨てきれず、固唾を飲んで人形に魔装具を近づけ、動かないことを確認してほっとした。

「やっぱり、動くわけないよね……」

 数体を確認した頃には慣れてきて、やはり光の加減かなにかだったのだと軽く自嘲しながら立ち上がったとき、一体の人形が眉を顰めた。

「!!」

  今度は見間違いなんかではなく絶対に動いた。それも、人形の動きではなく、とても自然で、人間だとマリンは確証を持ち、眉を顰めた人形へ魔装具を近づけた。

「ッ……!」

 眉一つ動かさずに光をやり過ごす人形たちの中、魔装具の光を受けて迷惑そうに顔を背ける人影があった。眠っていたのか眩しそうにぎゅっと強く瞳を閉じて光から逃れようと顔を逸らした。

「やっぱり……」

 マリンは魔装具をしまうと、人形を掻き分けて少女の姿を露にさせ、脇の下に手を入れて抱え上げると、人形の中から引っ張り出した。

 人形と見間違えるほどの小柄で綺麗な少女を見つめて、マリンは微笑んだ。

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