第46話『やっぱりMなんですね?』
「風紀委員も大変ですねぇ? そんなになるまで働かなきゃならないなんて……」
ノルンから二人の鞄を受け取ると、二人に並んで歩きながらユーリがわざとらしく溜息と一緒に吐き出した。
風紀委員のマリンを労っているのではなく、物好きだと呆れているのだ。
「規律を破る人が多すぎるのよ! だったら誰かが取り締まらなきゃ収拾が付かなくなるでしょう!?」
「それは分かりますけどねぇ……。なにも自分がその誰かにならなくても……」
日々、その業務を懸命にこなしているマリンとノルンの前で、ユーリはわざとらしく肩を竦めながら、やだやだと言わんばかりに頭を左右に振りながら洩らした。
「好きでやってるんだから放っときなさいよ」
あくまでも風紀委員を奇特なものにしようとしているユーリに対してマリンは唇を尖らせた。正しいことをやっているのに、そんな風に言われるのは心外だ。
「まぁ、そうなんですけどね。でも好きでそんな大怪我する業務を進んでやるなんてイングヴァイさんって、やっぱりMなんですね?」
Mと言うのはマゾヒズムを省略した言葉で、肉体的苦痛や性的苦痛、恥辱、屈辱を与えられることで興奮を得る性的嗜好を持つもののことである。
それがどんな物語かは知らないが、ザッヘル・マゾッホと言う作家が執筆した物語がルーツであるらしい。
もちろんマリンにはそんな趣向はない。それどころか自分では絶対に口にしない言葉をさらりと声に出されて、聞いているだけで恥ずかしくなって顔が熱くなった。
火事のときは特に何とも思わなかったが、こうして改めて言われると凄いことを言われている。
「な……、なに言ってんのよ! そんなわけないでしょう!」
「まぁ、そんなに赤くなっちゃって……。もしかして図星でしたぁ?」
「違うって……! うぅ……」
楽しいものでも見つめるようにマリンの顔を覗きこんでくるユーリに向けて、否定しようと口調を強くさせて否定をしようとしたが、体に激痛が走り呻きが洩れた。
「マリン、傷が痛むの?」
「あらら。少し声を出しただけでそんなに痛むなんてどうやら傷は深いようですねぇ……」
「そんな心配しなくても大丈夫よ、ノルン……。ちょっと響いただけだから……」
過剰に心配そうな表情で見つめてくるノルンを安心させようと笑みを浮べて返すと、横目でユーリを睨んだ。
「誰のせいよ」
「それはアダルトな会話に乗って来られない、イングヴァイさんのせいですよ?」
ユーリはマリンの視線に動じることもなく、薄く笑うといけしゃあしゃあと返してくる。
「そんな会話必要ないでしょう!」
「ほらほら、大声を出すとまた傷に響きますよぉ?」
怒るマリンを軽く受け流すと、ユーリは喉を鳴らして嗜めてくる。
誰の所為だ、と内心で毒づきながらも、それ以上なにを言っても無駄だと溜息を着くと、ノルンに「行こう」と声を掛けて歩き出した。
「そういえば昨夜、アニマムンディの艦が来訪していたようですけど、イングヴァイさんのその怪我となにか関わりがあったりするのですかぁ?」
その艦はマリンとクレオを送り届けてくれた艦のことだろう。
だとしたら関係はおおありだ。
だが、それを言えばユーリにまたからかわれるネタを提供するだ。
わざわざからかわれるネタを此方から与える必要はない。マリンはその質問には敢えて答えずに素知らぬ顔で学園に向かった。
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