第47話『噂のような人じゃないみたいだね』

 学園に着くとユーリはわざわざ二人の教室まで鞄を運んでから、笑顔で「それでは私は教室に行きますねぇ。お大事に」と一言残して去っていった。

「結構、律儀なのね」

 教室に戻るユーリの背に向けて礼を言うと、小さく笑みを零して囁いた。

「うん。わざわざ教室まで来てくれたしね。特別棟って少し遠いのに……。

 噂のような人じゃないみたいだね」

 ノルンはいまだにマリンを支えてくれながら、口許に柔らかな微笑みを洩らすとユーリの背中を見送って囁いた。

 噂と言うのは、例の使用者の魂を食らうと言う話だろう。だが、もしもそれが付喪神の特性なのだとしたら、彼女の意思とは関係なく使用者の魂を吸ってしまっているのだ。

 そのことを分かっていてもユーリ自身にはどうにもできない。やがては鎌でありながら使い手を拒むようになってしまうだろう。

 実際、ユーリは使用者を探さず、ずっと一人でいるようだ。

 それは、とても悲しいことだとマリンは思った。

「行こう。ホームルーム始まるよ?」

 遠ざかっていくユーリの背中を見送りながらぼんやりとそんなことを考えていると、ノルンが耳許で小さく声を掛けてくれ、教室へ戻りマリンの机まで付き添ってくれた。

 そこまで過保護にされなくても大丈夫だが、自分の席に戻るノルンを見送りながら、その気遣いに今は素直に感謝しておくことにした。

 ノルンが席に着いて間もなく教室に担任が入ってきて、委員長が号令を掛けてホームルームが始まった。

 出席を取り、報告事項を伝えるだけの短いホームルームが終わり、一時間目の授業の準備をして待っていると、突如、緊急放送の鐘が鳴り響いた。教室中がざわめく中、マリンは放送の内容に耳を傾けた。

[一―A、マリン・イングヴァイ、三―X、ユーリ・フィロティシア。ただちに理事長室まで来るように。繰り返す……]

 何か全校生徒に伝える報告だと思いきや、名指しで呼び出しを食らって一瞬面食らうも、クラス中の注目を浴びる中、小さく溜息を吐くとゆっくりと立ち上がった。

「マリン、大丈夫? なんだったら一緒に行くよ?」

 マリンの傷を気遣ってノルンがマリンの席までやってくると、マリンの表情を覗き込むように見つめながら小さく微笑んだ。

「大丈夫よ。理事長室に行くだけじゃない。

 だいたい、あんたは授業があるでしょう? ちゃんと受けなさいよ」

 昨日、茨に刺された足が痛んだが、安心させるために痛みを堪えて笑みを向けた。

「本当に大丈夫? 理事長室は一階の奥だし、結構歩くよ?」

「大丈夫だって! 遠いったって学園内じゃない。心配いらないわ」

 なおも心配そうな顔を向けてくるノルンに、心配を掛けないように笑顔のままで伝えると、「ちょっと言ってくるわね」と告げて、片手をひらひらと振りながら教室を後にした。

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