第25話『その力は……』
(ねぇねぇ、なんか打開策があるの?)
懐に手を入れたマリンに気が付いたのか、クレオが小声で話し掛けて来た。
声を小さくしたのは、外の連中に気付かれないようにと言う配慮だろう。
(まぁね。伊達に風紀委員をやってないわよ。私だって戦う術くらい身に着けてるわ。
少し過激になるけど、ここは任せて)
マリンは得意になって鼻を鳴らすと、同じように小声で応えた。
(か……、過激に!?)
クレオが顔を強張らせるのを尻目に、マリンは太腿に巻きつけた警棒用のホルスターから少女の手でも握り易い太さの警棒を抜き取ると、底を外した。
警棒の底には空洞があり、そこに懐から取り出した深い紫の光を宿した試験管のようなカプセルを挿入させた。
すると警棒が淡い光を放ち、警棒回りに刻まれた文様のような文字が浮き上がるように試験管に込められた光と同色に光り、先端から波動の球体が生み出された。
膨大な波動が球状を象るように暴れ狂っている、術の塊だ。
「それ……、第一期型の魔装具……。あはは……。そんなの持ってたんだ……。
だけど、その力は……」
クレオが驚愕に声を震わせながら、乾いた笑いと共に呟いた。
この警棒の名前をマリンは知らなかったが、クレオの言葉が正しいのなら魔装具というものなのだろう。
マリンが知っているのは波動の込められたカプセルを挿入させると、込められた波動を一時的に扱うことができる道具であるということだけだ。
それも力の調整もできない、込められた術をそのまま発動させるだけのものである。
学園に入学が決まったときに攻撃術を一つも持っていないことを見兼ねて、父親が持たせてくれた。カプセルに込めた波動は使用すればどんどん光が弱くなっていき、透明になると使えなくなる。
波動術を使えないマリンには安易にカプセルに波動を込めることはできないが、父親に連絡をすれば送ってくれる。
マリンが風紀委員として取り締りができるのも、この武具があったからこそだ。
波動は、極めれば自分だけの必殺技を作り出すことができると習った。この荒れ狂う波動の球体は、カプセルに波動を込めてくれた人の必殺技なのだ。
クレオの驚愕の理由はマリンが魔装具を持っていたことではなく、この暴れ狂う球体に対してだろう。
マリンは魔装具の先端を通路の奥へ向けると、軽く翳して力強く振った。
魔術師と呼ばれる波動術師の術は、こうすると発動させることができるのだ。
凄まじく暴れ狂う波動の塊が、楕円を描きながら触れもせずに余波だけで床や壁、天井を抉りながら出口を目指して突き進んでいく。
その衝撃は凄まじく、大地を激しく揺らして、発動させたマリンさえも立っていられなくなりその場に尻餅を着いた。
「いった……」
小さく声を洩らして横を見ると、クレオは転ぶ前にしゃがみ重芯を落として揺れに堪えている。この揺れでも転ばなかったのは凄いが身動きは取れなさそうだ。
いつものにんまりとした笑みも消えて、困ったような苦笑を浮べている。
「凄いね。あれ……。あんなのが炸裂して持つかな? この洞窟……」
引き攣った笑みで失笑と一緒に洩らすクレオに、マリンはハッとしてすでに洞窟の出口付近にまで進行している波動を見つめた。
不規則に回転をしながら周囲の大気をも巻き込んで、波動の塊が通路から外に飛び出すと、複数の男の悲鳴が聞こえ、次の瞬間爆発が起こった。
通路の先の様子までは見えないが視界を覆うほどの大量の土煙が舞い上がり、通路に流れ込んでくる。
それと同時に地面や壁、天井には、割れた強化硝子のように深くて細かい亀裂が走り、ぱらぱらと小石が降ってくる。
「マリン立って! 走るよ!」
クレオはマリンに短く告げると来た道を逆走して駆け出した。マリンも慌てて立ち上がるとクレオを追って走り出した。
「ちょっと……! 走るなら……、逆でしょ……!?」
釣られて逆走したものの、あの威力ならば外の敵は一掃できただろう。戻ることに必然性を感じず、マリンは足を止めずにクレオに問い掛けた。
「ん~。それがあるんだなぁ~。とりあえずこの皹がなくなるところまで戻ろ。」
ほぼ全速力で走り、話し掛けるにも言葉が途切れ途切れになってしまうマリンより先行しながら、額に汗一つ浮べることもなく、息を乱しもせずにクレオは軽く返してきた。
詳しい説明もされないことを不満に思いながらも、なにかあるのだろうと大人しく後に続いて走っているとき、異変は起きた。
亀裂の入った床が裂け、壁は割れ、天井は落ちて、通路の出口からマリンたちを追い掛けてくるように凄まじいスピードで洞窟が崩れていった。
あのまま先行していたりあの場に佇んでいたりしたら瓦礫の下敷きになっていただろう。
通路の崩壊はマリンの走る速度よりも速く、あっという間にすぐ背後にまで迫っていた。
ようやくクレオが言った意味を悟り、マリンは瓦解していく通路に巻き込まれないように全力で床を蹴って前方へ飛ぶように走るが、裂けた床では思うように踏み込むことができず、崩壊していく洞窟に飲み込まれてしまいそうだ。
「マリン、もう少し! 頑張って!!」
波動の衝撃の影響を受けていない場所まで逃れたクレオが振り返って、マリンに向けて手を伸ばして鼓舞してくる。あそこまで行けば安全なんだと、マリンは残りの力を振り絞って必死で走った。
マリンもクレオに向けて手を伸ばした。指先が触れ合い、後一歩で引き上げて貰うことができる。助かった。と思った瞬間、崩落がマリンに追いつき、足元が崩れ、一瞬触れ合った指先は離れ、マリンはそのまま瓦礫と一緒に落下して行った。
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