第55話『ちょっと待ちなさい!』

「理事長!」

「大丈夫だよ。一回思いをぶつけ合ったほうが分かり合えることもあるし……」

 道化師は奇怪な仮面でマリンを見返すと心配ないと言わんばかりに大きく頷いたが、これから怪しい舞踏会にでも出席するような仮面に言われても、少しも安心などできない。

「昔の少年マンガじゃあるまいし、そんなんで済んだら苦労はいりませんよ!」

 理由は分からないが、二人はお互いがお互いを快く思っていないようだ。

 クレオはユーリの言葉に即発されただけとしても、ユーリがクレオに対して敵意のようなものを持っているのは確かである。

 例え内心でどう思っていようと、表面上は仲の良い振りをするであろうと思っていたため意外ではあったが、止めないわけにはいかない。

 それが風紀委員の責務であり、なにより二人はこれから一緒に任務に当たる同士なのだ。いがみ合っていたら、うまくいくものもいかなくなってしまう。

 ここで二人が争ったところで仲良くなれるとは思えないし、どっちが勝っても負けても、負けたほうはその悔しさも便乗して余計に相手を疎ましく思い、勝ったほうは優越感に浸って相手を見下した行動になる。

 この二人にそれが当てはまるかは別としても、そんな光景を見てきたマリンは、二人を戦わせるべきではないと思った。

「んぅ。だけど、お互いの実力を知るのは重要だよ? これから命を預ける相手ならなおのこと一番気になるところでしょ?」

 道化師はあくまでも二人に戦闘をさせるつもりでいるらしい。ただの実力試しをユーリが求めているのならばマリンも止めなかったかもしれない。

 だが、今のユーリはなにかが可笑しい。そんなユーリとクレオを戦わせるのは危険だ。

 マリンはなにがなんでも止めなければならないと思った。

「こんなの実力試しではなくただの喧嘩です。どんな結果でも確執が残るだけです。

 止めてください!」

 道化師の実力は正直マリンも知らないが、この二人を止められるとしたら教員たちだけだろう。その頂点に立つ道化師になら止められるはずだと協力を求めた。

「君が心配するようなことにはならないよ。ここは一緒に見ていよう」

 道化師は相変わらずの軽い口調で言うと、大きく頷いた。

「闘技場でだって。ここからだと『G―七』が一番近いけど?」

「移動しましょう。障害物がない方がおもいっきり戦えますしねぇ」

 マリンの言葉を他所に、二人は互いから一切目を離さずに淡々と言い放つと移動を開始した。

 この学園には至るところに闘技場が設置されている。

 用途は授業、個人の自主練、組み手、決闘など様々だ。

 あらゆる種族が集まるこの学園では、純粋に破壊の能力に長けたもの、炎や氷などの扱いかたに寄っては危険な自然の力、辺りに災厄を齎す呪いや毒物など、様々な能力を持った生徒が共存している。

 使用者に一貫性もなく、また自己の能力を使い切れずに暴走させるものも多々見受けられる。そんな生徒たちが何にも捕らわれることなく、能力の向上に取り組めるよう、力を外に洩らさない特殊な素材で作られた大きなホールである。

 周囲に危害を加える恐れのある術を持つ種族は、予約をして貸し切りでの使用が義務付けられているが、『A―一』から始まり『Z―十』で終わる、二百六十の野球ドームにも匹敵する広さを持つ大武闘場は、生徒会に軽い申請をして通ればいつでも誰でも使用することができる。

 余談であるが、マリンの『中和』は危害こそ加えないものの、一度発動させてしまえば一定の時間、周囲の人が術を発動できなくなってしまうため、訓練にならないと何件もの苦情を言われて予約組にされていた。

 無論、こんな授業の真っ只中の時間帯である今、予約などしなくても貸しきり状態で使えるだろう。

「ちょっと待ちなさいよ! 二人とも!」

 理事長室を出て行く二人に向けて声を掛けるが、二人は耳を貸そうとさえしない。

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