第29話『借り物が、本物の術者に通用するわけないだろう?』

それまでの兵士たちとは明らかに違う、男の威圧してくるような強い気配に、マリンは身体中の筋肉が本能的に恐怖で強張っているのを感じていた。

 クレオも肌で感じ取ったらしく、にんまりとした笑みは浮かべてはいるが、心なしかいつもよりも強張っているように見える。

「ええと……、お兄さんはこの人たちのお仲間さん?」

 新たに現れた青年に、クレオは警戒をして自らは近付こうとせずに問い掛けた。

「ああ、そうだよ。立場的には上官ということになっているね。

 とはいっても僕は彼らになにも期待はしていない。それなのに尻拭いはさせられる損な役割さ。今日も、こうしてわざわざ出向かなくてはならない羽目になったしね」

 青年は口許に弧を描き、仰々しい仕草で語りかけてくると、気の重い難題を突き付けられたようにわざとらしく溜息を吐いて見せた。

「その尻拭いっていうのは、この人たちを引き連れて撤退することかしら?」

 殺意とも怒気とも違う、禍々しい波動を身に纏っている青年の動作に目を配りながらマリンは魔装器を握り直し、如何なる攻撃にも対処できるように頭の中でイメージトレーニングをしながら身構えて低く詰問した。

「僕たちの任務は無事に帰還することじゃない。ユグドラシルに加勢しそうなこの学園を監視、必要と判断したなら打ち滅ぼすことさ。

 彼らが君たちを打ち滅ぼす対象と判断した以上、僕はそれをすみやかに遂行しなくてはならない。つまりは、君たちを倒すことが尻拭いだね」

 青年の言葉を言い終える前にマリンは魔装器に込めた半球体の盾を放射させたが、青年は瞳を細めたままで冷たい笑みを浮かべて波動でできた茨の鞭で半球体を叩くと、マリンの放った砲撃のような半球体の盾は、簡単に切り裂かれて消失した。

 武装した大の男を一度に何人も弾き飛ばした攻撃を簡単に切り裂かれ、歯噛みをするマリンを横目で見ると、青年は笑みを濃くさせた。

「なにを悔しがっているんだい? 術を完成させた本人のものならこうも簡単にはいかないだろうけど、君は完成した術を借りて使用しているに過ぎない。

 借り物の力が、本物の術者に通用するとでも思ったのかい?」

 確かに青年の言うとおりだった。術を生み出した本人であるならば、術を改変したり強化させたりも可能だが、込められた力を打ち出すだけのマリンには、常に一定の同じ力を使うことしかできない。

 相手に合わせて臨機応変に対応できる術者には敵わないのだ。

「たぁっ!」

 青年の気がマリンに向いている隙を突いて、クレオが背後から襲い掛かった。

 跳躍し、頭を狙って上段蹴りを仕掛けた。だが、青年は嘲笑するように瞳を軽く細めると、視線も向けずに茨の鞭をクレオに向けて振るった。

 今度はマリンの番だ。魔装器の底を開けて、紺色の光が五分の一程度になったカプセルを引き抜くと、白い光が籠もったカプセルを込めて青年に向けて撃ち放った。

 純白の閃光が空を突き破って青年を強襲した。

「おおっと」

 青年はそれも小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らすと、軽く身を翻しただけでかわした。

 だが、そんなことはマリンにも分かりきっていたことだ。マリンの放った閃光は彼の傍らを通り抜けると、クレオに向けて振るっていた鞭を撃ち砕く。

「へぇ。いい狙いをしているじゃないか」

 鞭が砕けた隙を着いて蹴り着けたクレオの蹴撃を軽く体を捻っただけでかわすと、すぐに茨を再生させて下からクレオを打ちつけた。

 本物の茨であったなら再生などは不可能だろうが、波動で形成された術である茨は何度でも瞬時に再生できてしまうのだ。

「うぉっと!」

 クレオは逆の足で青年の肩を蹴って上空へ跳躍しながら側転して、下から襲い掛かってくる鞭をかわすと、両手から霧状の波動を青年の顔面に向けて噴射させた。

「くっ! このっ!!」

 青年は低く呻くと後ろへ飛んでクレオの波動をかわすが、左の頬が微かに固まっており、指先でそこに触れると表情を強張らせた。

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