第28話『ちゃんと始末してくれれば良かったのに』

波動はマリンやクレオよりも大きな紺色の半球体の塊になると、ゆっくりと地を滑って一団に向かって行った.

 正面にいた数人は、マリンの放った波動の半球体に向けてライフルを乱射するが、半球体は弾丸をすべて弾きながら接近し、数人を一気に弾き飛ばした。

「すっごい。それもお父さんの仲間の術?」

 素早く相手との距離を詰めて、スプレーのような霧状の波動を手から放射させながら、目を丸くさせるクレオに、マリンは微笑んで頷いた。

 クレオの波動を受けた男性は、攻撃されて一拍子置いた後に顔を強張らせ、苦しそうに口を押さえると膝を折って顔面から地に伏せた。

「ええ、そうよ。攻撃する盾って言ってたけど、これって飛ぶバリアーよね。

 あなたも随分と変わった術を使うじゃない。魔術師(ソーサラー)?」

 魔装器に第二波を充填させながら告げると、迫り来る集団に向けて打ち放った。

 再び半球体の波動が魔装器の先端から放射し、北東から向かってきた武装した男の一団を薙ぎ払う。

 クレオは相手の間合いに飛び込むと、見たことのない格闘術で次々に蹴散らしながらもにんまりとした笑みは一切崩さない。

 波動で強化すれば運動能力も攻撃力も向上するが、それに比例して精神力は消耗しているはずなのだが、クレオからはそんな素振りは一切見られない。

「ううん。私は手品師(マジシャン)だよ。波動を硬化剤に変質させてるの。

 私の波動に触れると固まるんだ。目を固めたり、呼吸器官を固めたりして戦闘力を奪うの。戦闘中だとみんな五感の異常に過剰に反応するから結構使えるよ?」

 手品師とは波動の性質を変化させるものである。

魂の力であるオーラを、気体や液体などに変質させる術師を差す言葉である。

 彼女の術は、接着剤やセメントを掛けたように相手を固めてしまう性質の術のようだ。

 聞いた限りではあまり脅威には感じない術ではあるが、本人がそれに満足をしているのであれば他人がとやかくいうことではないし、使ってみると思いも寄らないメリットがあるのかもしれない。

「固めるだけ? 随分と変わった術にしたのね?」

 魔装器から四発目の半球型の盾を放射させながら、乱れる息を隠して軽い会話を続けた。

魔装器とは、波動を使えないものが波動術を使うための武器である。

術はカプセルに込めたものだが、それを発動させるには扱うものの精神を使う。

扱う力が大きければ大きいほど、発動させるには大きな精神力を消耗するのだ。

マリンは今日、身に余る力を数度に渡って発動させているのだ。

重度な疲労感に襲われていた。

だが、その甲斐もあってか、視界いっぱいだった武装した兵士たちは、片手で数えられるくらいにまで減っている。

「そう? だけど敵を固めちゃえばそれ以上戦わなくて済むじゃん?」

 最後の一人の男の足を払って倒すと、波動を込めた一撃を顔面に打ち込んで意識を奪い、何事もなかったように微笑んだ。

 敵とさえも無駄に争わず、固めてしまうためにその力を手にしたクレオを、優しい人間だと思ったら自然と笑みが毀れて来た。

「結構いいやつなのね。あんた」

「えぇ~!? 今頃気付いたの?」

「今頃もなにも、今日会ったばっかじゃない!」

 わざとらしく驚いた素振りを見せるクレオに白い目を向けて、わざと呆れた口調でいってやる。

 確かにクレオとは今日会ったばかりだが、この数時間でどんな人間かだいたい把握できた。だから遠慮もなしに好きなことが言えるのだ。

 二人はそのまま互いを見つめると、なんだか可笑しくなって同時に吹き出し、そのまま声を上げて笑いあった。

「それで? これで学園を狙う過激派は一掃できたの?」

 二人で全滅させた、五十人近い部隊を一顧しながら確認のために問い掛けてみる。

「まぁ、そうだねぇ。後はヘゥッタの軍人さんに通報して連行して貰えば終わりかな?」

 クレオはそれが通常の顔なのか、にんまりとした笑みのままで応えると、ポケットから小型端末を取り出して液晶に触れ始めた。

 軍に通報をして、事件の仕上げを済ませてしまおうと言うのだろう。

 その時、遠くから茨の鞭のような波動が空を切って向かってきてクレオを強襲した。

 咄嗟に後ろへ大きく跳躍したためクレオに怪我はなかったが、突然であったことと、敵を全て倒したという気の緩みが災いしてか携帯電話を離してしまい、茨の鞭が宙に舞った携帯電話に絡みつくように巻きつくとそのまま真っ二つにへし折った。

「フフフ。ここでの敗北は認めざるえないけど、通報をするのはご遠慮願いたいね。

 万が一にでも口を割られたら、僕たちにまで害が及ぶかもしれない。

 どうせなら、ちゃんと始末をしてくれたら良かったのに」

 茨が伸びてきた方向に二人同時に視線を向けた。

 紺色の軍服を着た長身で二十代前半くらいの年齢の男性が、口許に薄い笑みを携えて笑いを含んだ声で非道な言葉を吐きながらゆっくりと近付いてきた。

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