『ユグドラシルは人材不足なんですか?』

「主に危険犯罪の潜入捜査、未だに迫害されているものたちの保護や、他国の要人の護衛、後はボランティアなどもしていると言う、秘密結社とか新革命軍とか言われている、『ユグドラシル』と懇意にしている、と言う噂なら聞いたことがありますねぇ。

 嘘か本当かは知りませんが、四葉や花はユグドラシルのエージェントにされるとか?」


 ユーリがにんまりと嫌味な笑いを浮かべて、まるで挑発するように理事長を見つめたが、仮面を被っているため理事長の表情は読み取れない。


「うん。それだけ分かっているなら話は早い。実はねぇ、二人にある仕事を頼みたいんだよ」


 学園の生徒が時としてユグドラシルの仕事を手伝っていると言う話はマリンも噂で知っていたが、ユーリの口振りだと四葉や花は卒業後、ユグドラシルに入るのが決定しているように聞こえる。

 そんな話をマリンは聞いたことがないが、理事長も他の教師も否定をしないところを見ると、本当のことなのだろうかと疑惑が浮かんだ。


「あらあら、中学生に仕事を依頼するなんて、ユグドラシルは人材不足なんですかぁ?」


 生徒のユグドラシル入りの話も気になったが、今は仕事の話を聞こうと口を開けたが、ユーリの方が一瞬早く言葉を発したため、マリンは言葉を飲み込んだ。

 やけに突っかかるな、と思い彼女を横目で盗み見をしたが、確か彼女は四葉だったはずだ。やがては我が身に降り掛かってくることを知りたいと思うのは当然だろう。

 興味のある話でもあったし、マリンは少し静観することにした。


「ん~、まぁ、今は少しトラブルに見舞われて、メンバーが身動き取れない状態だからねぇ。こんなことは滅多にないんだけど。

 だけど軽い調査くらいならこれまでも校外講習も兼ねて行ってもらっているよ? ユグドラシルの状況は関係なくね」


 理事長の声音はいたって冷静なものだったが、仮面を被っているため表情は掴めず、怒っているのかそうでないのか判別は付かない。

 だが、ユグドラシルの件で他の教師たちが悔しそうに顔を伏せたり、ユーリを睨んだりしているのをマリンは見逃さなかった。あの様子では、ユグドラシルは今、よほど危険な状態なのだろう。

 それに気付いているのかいないのか、ユーリは今も涼しい顔で理事長を見つめている。


「と言うことは、今回、私たちに課せられる仕事と言うのは、二人で何処かへなにかの調査に行けということなのでしょうか?」


 理事長の言葉にユーリは小鳥のように可愛らしくちょこんと小首を傾げると、これ以上、ユグドラシルの話をするのはまずいと悟ったのか、話を仕事へと切り替えた。


「ああ、うん。最近、とある地方で町の人間が忽然と消えるって言う事件が勃発していてね、洗脳されて何処かに連れて行かれているんじゃないかっていう疑いがあるんだ。

 それを君たちに調査して来て欲しいんだなぁ」


 理事長は全く変わらない口調で、ちょっとお使いを頼むように言ってきた。

 理事長からは感情の変化を全く感じられない。少なくても生徒相手に感情を表に出すような人ではないのだろう。


「ちょっと、私たちまで洗脳されちゃったらどうするんですか?」


 マリンは思わず身を乗り出して両手で机を叩いて問い質した。

 口を挟むべきではなかったかと少し後悔したが、自分は間違ったことはしていない。洗脳されて何処かに連れて行かれてしまったら、それこそ調査どころではない。

 他の人を助けることもできずに、ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。


「うん。洗脳されちゃったら困るよねぇ? だけど君たちなら大丈夫だよ。

 いや、君たちだからこそ僕はお願いするんだ」


 理事長は仮面で覆った顔をマリンに向けると大きく頷いた。仮面に隠されて素顔は見えないのに、なぜかマリンには仮面の奥で微笑んでいるような気がした。


「私たちだから? それってどういう意味ですか?」


 理事長の言葉の真意が掴めずに、マリンは眉根に皺を寄せて理事長に問い掛けた。

 マリンたちならばどんな危険な目にあっても良いという判断だろうか?

 もしもそうなら、なぜそんな結論に至ったのか理由を知る権利がマリンにあるはずだ。


「うん? 相手の術を完全に中和できる麒麟族と、人の意思を力に変えることができる付喪神でしょう? 

 君たちなら催眠術になんて掛からないよ」


 理事長はちょこんと小首を傾げて問い掛けてきた。小さな女の子がやるのなら可愛い行為ではあるが、仮面を被ったおじさんがやってもあまり可愛くない。

 だが、マリンはその言葉で納得が言った。ユーリが付喪神だということは始めて知ったが、危険な目に合わせても問題のないものを選んだのではなく、洗脳が効かないことを基準に選抜されたのだ。

 考えれば当然のことなのだが、捻くれた考えを持った自分を恥じていた。


「それに、万が一危険な目にあうようなことがあっても、学園の職員が命を掛けても助け出すから安心してくれていいよ」


 理事長は二人を見つめると優しい声音で言いながら大きく頷いた。

 見た限りでは胡散臭さしか感じないが、こうして実際に言葉を交わしていると、不思議と安心できる響きのある声音と仕草だ。


「はい。よろしくお願いします」


 選出された理由も明白になったし、身の安全も保障された。これなら安心して仕事に取り組むことができる。マリンは理事長を見つめると大きくお辞儀をした。


「それでぇ? その仕事って言うのは、強制なのですかぁ~?」


 納得したマリンの隣でユーリがなおも小首を傾げて理事長に問い掛けた。


「ん~ん。全然強制ではないよ? もちろん、嫌なら拒否してくれていい。

 他にやってくれそうな人を探すから大丈夫。だけど、やってくれたら成功報酬はちゃんと出すよぉ? 損はしないと思うけどな?」


「損はしないって言ってもどうせ点数とか内申でしょう?

 理事長先生、私の成績知ってますぅ?」


 理事長はユーリを見返して軽く小首を傾げるが、ユーリは小馬鹿にしたように口許に弧を描いて理事長を見つめた。


「ん~ん。それに見合った報酬は払うよ? テストの点数や内申はもちろん、カリキュラムの一貫じゃなくて仕事として働いてもらうんだからお金ででもね。

 希望者にはユグドラシルへも推薦もしてあげている」


 理事長は優しい口調のままで諭すようにユーリに語りかけるが、ユーリは口許に嫌味な笑みを浮かべたまま、さらに挑発するように理事長に質問をし続けた。


「それにも興味がなかったらどうするんですかぁ?」


「そういう人には強制はしないよ? 嫌なら断っていいよ?

 それで別に職員の応対が変わったりもしないし、あくまでも依頼だからねぇ」


 なおもユーリは突っかかるが、理事長はさらりと軽く流した。


「別に聞いただけじゃないですかぁ? そんなに突っ撥ねないで下さいよぉ」


 ユーリも態度を変えるでもなく、くすくすと喉を鳴らしながら理事長を見つめて微笑んだ。依頼を拒否する素振りを見せておいて、実際に他を当たると言えば引き止める。

 マリンにはユーリが何をしたいのか分からなかった。


「うん? 別に突っ撥ねてないよ? ただ、無理強いはしないだけ。

 そんな権利もないしね」


「へぇ~、学校の責任者なのに、随分と謙虚なのですねぇ?」


 ユーリは小首を傾げたままで理事長の顔を覗き込むようにして微笑んだ。


「それで? その仕事をするにはいつ、どこへ行けば良いのですか?」


 これ以上は付き合ってはいられない。ユーリにはなにか明確な質問があるわけではなく、ただ、理事長の心中を掻き乱したいだけなのだ。

 いつまで経ってもキリがない。そんなことは後でゆっくりやってもらいたいものだ。

 マリンはさっさと必要事項だけを聞いて風紀委員の仕事に戻ろうと切り出した。

 もちろんマリンも、理事長や他の教師にどうにかしてもらわなければならないほど成績が悪いわけではないし、お金に困っているわけでもない。

 ましてや、卒業後にユグドラシルのエージェントになるつもりもないが、この依頼は請けるつもりでいた。

 催眠術なんかで人を思い通りにするのなんて許せない。

 もしも自分に救うことができる力があるのなら、傍観なんてしてはいられない。

 だからか、余計にユーリが煩わしく思えた。


「あらら、どんな危険な目に合わせられるかも分からないのに、物好きな人もいたものですねぇ~」


 マリンが意を決して言うと、ユーリが小馬鹿にしたような口調で口許に笑みを浮かべて言ってきたが、マリンが睨むと「おお怖っ……」などと軽口を叩きながら、やれやれと言わんばかりにわざとらしく肩を竦めた。


「うん? 君は請けてくれるんだねぇ? 基本、島から出るときは引率者と生徒二人以上って決まりがあるんだよねぇ。だから、もう少し待ってて。決まったら連絡するね」


 理事長はマリンに顔を向けると、ユーリと話しているときと何一つ変わらない、軽い口調で大きくうんうんと頷きながら告げてきた。

 真意は掴めないが、返答を渋るばかりか変な挑発をし続けるユーリと、二つ返事で仕事を承諾したマリンを同じように応対しているということは、理事長がそれだけ大人なのか、本当は仕事なんかどうでも良いのか、はたまたユーリの言葉など全く気にも留めていないかのいずれかだろう。

 八つ当たりのようにマリンに冷たく当たられたり、ユーリへの当て付けのように猫可愛がられたりするよりは数倍いいが、もう少しなにかあってもいいのではとマリンは思った。


「はい。分かりました。それでは今はこれで失礼しても良いですか?」


「ああ、いいよぉ。ありがとう。わざわざ呼んじゃってごめんねぇ?」


 マリンは一応確認をすると、「失礼します」と言いながら会釈をして理事長室を後にした。

 理事長室から出るとき、ユーリが嫌な笑顔を浮かべてマリンを見送っていた。

 なにか言いたいことがあるなら言えばいいのにと思いながら、マリンは視線を合わせずに理事長室の扉を閉めた。

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