第40話『チェックメイトだね』

「大丈夫だから。ドンと私に任せてぇ」

 クレオは軽やかなステップを踏んで、右に左に動いて銃弾をかわしながら青年に接近すると、自分の懐に手を突っ込んだ。

「大きいことを言うと失敗したときの失望は大きいよ?

 僕は、その絶望に打ちひしがれる姿も嫌いじゃないけどね」

 近付けば近付くほどに銃のほうが有利になる。一気に懐まで飛び込めれば発砲はできなくなるが、今度は握ったグリップで殴りつけるなど接近戦では鈍器としても十分に使用可能なのだ。安易に近付くのは迂闊と思えた。

 クレオは巧みに動き回ったが、やはり訓練を積んだ青年の方が一枚上手で、銃を額に押し付けられてしまった。

「チェックメイトだね。さぁ、切り札ってのを出しなよ?」

 青年は銃口をクレオの額に押し付けると、グリグリと擦り付けながら口の端を吊り上げて、嘲笑を含んだ嫌味な声音でゆっくりと告げた。

「おっとぉ。勿論君も動いちゃあダメだよ? 君が襲い掛かってきたらびっくりして引き金を引いちゃうかも知れないからね」

 クレオを助けなければと動き出そうとしたマリンには視線も向けずに、淡々と告げながら銃口を向けてきた。

 例え青年が今マリンを撃ったとしても当たりはしないだろうが、クレオに向けられた銃口の引き金を引かれたら、彼女のほうは確実に撃たれてしまう。マリンは出鼻を挫かれ歯を食いしばると動きを止めた。

 青年は横目でマリンを見ると満足そうに口の端を吊り上げて、再び視線をクレオに戻すと促すように顎をしゃくった。

「そんなに急かさなくても見せてあげるよ。私の切り札はねぇ……。こ……れ!」

 クレオが懐から手を引き抜くとその手には手榴弾が握られていた。

 青年が瞳を見開いて後ろへ飛ぶのと同時に、クレオは安全ピンを口で銜えて引き抜きながら青年とは反対側へと飛び退き、手榴弾を青年に向けて大きく弧を描くように上へ放り投げた。

 青年ほどの術師であれば手榴弾どころかミサイルをも弾き飛ばすことができるだろう。

 だが、それは勿論波動術が使えるときの話だ。術の使えない中和の光の中では、どんなに熟練の術者だとしても普通の人間とそれほどの差がない。

 こうして、通常ならば取るに足りない兵器でも命を危険に晒されることもあるのだ。

 青年は悔しさと恐怖の入り混じった表情で手榴弾を睨みつけると銃口を向けた。

 手榴弾は安全ピンを抜いてから爆発を起こすまで若干の時間を要する。クレオが上へ投げたのは青年に取られ投げ返されないためだ。

「くぅ! この!」

 青年は銃を乱射して手榴弾を撃とうとするが、地に足がついていない状態では狙いを定めるのも難しい。目標がゆっくりとであっても動いている状態ならなおのことだ。

 青年は懸命に発砲を続けるが、銃弾は空しく手榴弾を逸れていく。

「マリン、伏せて!」

 そのときが来たのか、クレオが叫ぶように声を張り上げた。

 マリンは慌てて地に伏せて両手を頭で抱えたが、ふとクレオのことが気になり視線を向けた。それと同時に手榴弾が爆発を起こして、爆光が驚愕に目を見開く青年を、さらには体を丸めて宙に舞っているクレオを包み込んだ。

 マリンはクレオの名を声の限りで叫んだが、手榴弾の爆音に全て掻き消された。

 爆風が衝撃波となってマリンの身体を打ち付け、勢いに負けて地面を転がる。

 背中から潰されそうな圧力を受けて、言葉にならない呻きを噛み締め必死で耐えた。

 時間にすれば僅かなものだったかも知れないが、永遠に続くような身体を突き抜けるような衝撃が止んで、軽く息を着くとマリンはゆっくりと体を起こした。

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