第36話『ゲームオーバーだね』

「うぅううう!」

 頭ではすぐに拾い上げなくてはいけないのは分かっているが、茨に捕らえられ腕を伸ばすことさえできない。それどころか微かに動いただけで棘が肉を抉ってくる。

「あっ、あっ、ああああ~!」

 腕を抉られる痛みに上げたくないのに悲鳴を上げてしまい、体を捻って茨から逃れようとするが、さらに数本の茨がマリンに絡み付き、腕を足を胴を締め上げてきた。

 茨が服を貫通して肌を突き破り、全身から鮮血が滲み出してきた。

(中和を……! ダメ! それじゃあ魔装器が使えなくなる!)

 マリンは内心で葛藤していた。中和を発動させれば体を締め付けてくる茨を一瞬の内に消し去ることも可能だ。

 だが、それでは魔装器の力をも中和してしまう。自分から千載一隅の機会をみすみす捨ててしまうことになるのだ。

「マリンを離せぇ」

 クレオが声を荒らげて駆け寄ってこようとしているが、地面から次々に生え出した無数の茨に包囲され、自分が捕らえられないようにかわすので精一杯のようだ。

 一縷の希望を託しながらも、クレオまでもが茨に捕らえられるのを懸念する複雑な思いを抱いてクレオに向けて手を差し出したが、自分が助けを求めたのか、それとも制止したのか自分でさえ分かっていなかった。

 クレオは撓る茨を右へ左へとかわして、それでも諦めずに懸命にマリンを救出しようとしてくれているが、二人の距離はなかなか縮まらず、クレオの顔には焦りと疲労が浮かんできた。このままでは捕らえられるのは時間の問題だろう。

(もういいから……! 逃げて……)

 青年はクレオよりも術者としては格が上だ。クレオが逃げたとしても十中八九捕まってしまうだろうが、一割から二割は逃げ切れる可能性はある。

 青年に捕まり二人で苦しむ必要はない。ここは一度撤退して、確実に青年に勝てる学園の教員や道化師を連れてきてくれれば良いと思った。

「あうっ!」

 しかし、そんなマリンの思いを嘲笑うかのように、クレオの着地点から茨が生え出し、クレオの左足首に巻きついた。

 マリンの時と同様、茨はクレオの皮膚を突き破り、鮮血を滲ませながら足を抉る。

 勢い余って地面に転がったクレオにさらに茨が襲い掛かる。右の足に、腕に、胴に首に巻き着くと、軽々と持ち上げた。

 皮肉にも、クレオ自らの体重が手助けして茨がさらに深く突き刺さる。

「うっ……、うぁああああああ!」

 全身を茨で突き刺されて、クレオが体を仰け反らせながら悲鳴を上げた。

 洋服が見る見るうちに鮮血で染まっていき、地面に滴り落ちる。

「クレオ!」

 マリンは自分の痛みも忘れて声を張り上げたが、次の瞬間、傷口が激しく痛みを訴え、マリンはその場で項垂れた。もしも茨に締め付けられていなかったら蹲っていただろう。

「フフフ。ゲームオーバーだね。まぁ、君たちも頑張ったよ。結果はともかくね」

 嫌味な笑いを口許に携えて、二人を交互に見つめると青年は大仰に言い放つ。

 マリンは痛みに苛まれながらも顔を上げ、青年を見上げると睨みつけた。

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