第35話『たぁ!!』

 侮られているのは分かっているが、青年との間には悔しいが絶望的な実力の差がある。だが、逆に考えれば侮られている今だからこそ、付け入る隙ができるのだ。

 マリンはその隙を見逃さないように改めて気を引き締めると、魔装器を振って深い紫の波動を解き放った。

「無駄だよ。魔装器から放たれる術と術者の扱うそれの最大の違いは、魔装器から放たれる術は込めたものをそのまま打ち出すだけだというのに対し、術者が扱うものはその時の状況に応じて変化を加えられるというところさ。

 つまりは、魔装器での攻撃は一度見れば威力、速度、軌道、性質など全てを把握することができる。幾らでも対応ができるんだよ」

 青年はニィと口許を歪めて得意になって語ると、マリンの放った渦巻く波動の軌道上から逸れて回り込むようにしてマリンに迫ってきた。

 接近戦になれば勝てる相手ではない。だからと言って今更後退したところで簡単に追いつかれるのは目に見えている。魔装器を発動させるには時間が足りない。

 絶体絶命の状況でマリンが驚愕の表情で青年を見つめると、青年がニヤリと勝ちを確信したような凶悪の笑みを浮かべたが、そこまでは作戦通りだ。

 マリンがフッと口許に笑みを浮かべると、今度は青年が怪訝そうに眉根を寄せて背後に視線を向けた。

 そこには攻撃を仕掛けるクレオの姿があった。

「小賢しいよ」

 クレオが手のひらを青年に向けて霧状の波動を噴射させたが、青年は腕に巻きつかせるように茨を出現させてクレオの波動を受け止めた。

 茨は固まり動かなくなるが、すぐに皹が入って割れていき、中から新しい茨が固まった表面を突き破って飛び出してクレオに襲い掛かったが、それも先の戦闘で経験済みだ。

 マリンが再び二人の間に充填を終えた波動の塊を放射させて青年の茨を粉々に打ち砕くと、それに巻き込まれないように二人は大きく距離を取った。

「たぁっ!」

 すかさずクレオは空を蹴って青年に躍り掛かり鞭のようにしなやかで鋭い蹴りを放ったが、舞うように落下する青年を守るように地から茨が伸びてクレオの足に巻き付こうとした。だが、クレオは俊敏な体捌きでスルリと巻き着かれる前に茨から逃げ出すと、大きく距離を取って着地した。

 マリンは魔装具にカプセルの力を充填させながら、青年が地に着地する瞬間を狙う。

「凄いじゃないか。この僕が危機を感じているよ。はっきり言ってしまえば君たち二人が相手なら大して苦もなく倒せるけれど、やっぱりその魔装器は厄介だね」

 マリンとクレオが見上げる中、青年はゆっくりと地に降り立つと仰々しい仕草で大きく頷きマリンを見つめて微笑んだ。

「一撃でも当たったらあなたの負けよ。十分に用心することね」

 マリンは波動で光る魔装器を青年に向け、恫喝するように低く言った。

「そうだね。残念ながらその魔装器に込められた力は、僕が全力で硬化させた茨さえも易々と貫通する。弾くことも防ぐこともできずに貫かれるだろうね。

 そう、当たれば……ね」

 青年はゆっくりと散歩でもするように岩山を歩きながら語ると、最後に語調を強めて意味深な笑みを浮べて低く囁いた。

 次の瞬間、背後から茨が伸びてきてマリンの腕に絡み付いてきた。茨が皮膚を突き破って肉に食らい着き、溢れ出す鮮血が地面に滴り落ち、マリンは痛みで腕に力が入らなくなっていって、魔装器が手の中から滑り落ちて行った。

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