第42話『正直、疲れたわ』

 マリンが手を離すとクレオは面白そうにマリンを一瞥して小さく微笑んだが、すぐに真顔になると宙に文字を描き始めた。

 なにかの術なのは分かるが、それがなんの術かまではマリンには分からない。

「うん。そうそう。ベレービーデの学園よりの岩山の頂上。うん。全員倒した。

 ベレービーデの軍に通報してさ、うん。連行して貰って? ん? アニマムンディ?

 うん。アニマムンディでもいいよ? うん。判った。バイバイ」

 どうやら空間を歪曲させる術だったらしい。空間を歪めて遠くにいる相手と直接話をする術だ。高度のものになれば自分自身が瞬間的に移動できたり、ものを転送させたりすることもできるが、クレオが使ったのは声だけを送る術のようだ。

 電話が普及している今の時代、この術を学ぼうとするもの自体が稀である。しかし、青年に電話を壊された今、この術はかなり重要なのだと実感させられた。

 マリンは青年に奪われた後、手榴弾の爆発で岩山を転がって行った魔装器を見つけて拾いながら、クレオが誰と話しているのか聞き耳を立てたが、そういう術なのか相手の声は聞えない。

「ねぇマリン。少ししたらこの人たちアニマムンディが引き取りに来てくれるんだけど、到着するまでにちょっと掛かるんだって。それまで一緒にいてくれる?」

「もちろん。ここまで付き合ったんだから最後まで見届けるわよ。

 じゃないと気になって仕方がないじゃない」

 一人でいるのが不安なのか、マリンの制服の袖を掴んで軽く引きながら不安そうに聞いて来たクレオに、マリンは力強く頷いた。

「ありがとう」

「べ……、べっつにお礼を言われるほどのことじゃないわよ」

 まっすぐに感謝の言葉を向けられ、なんだか気恥ずかしくなってマリンは視線を逸らすと、思わずそっけない口調になってしまった。

 気を悪くしたかと気になって横目でクレオの様子を盗み見たが、クレオはいつものにんまりとした笑みを浮べてマリンを見返していた。

「マリン、照れてる?」

「だ……、だれが!」

「ふふふ……」

「なによぉ……?」

「んーん。なんでも……」

 黙っていればいいものを、茶化されて思わず声を荒らげて否定をしたが、クレオがにまにまと表現するのが相応しい変な笑みで見つめてくるのを横目で睨んだ。

 ふと時間が気になって、時計を見るともう夕方と言える時間だった。そう言えば、陽ももう西に落ちかけている。今からでは学校にはもう間に合わないなとぼんやりと考えていた。

「ねぇ、マリン。座って待たない?」

 二人で起き上がってくるものはいないかと警戒しながら、アニマムンディの軍が来るのを待っていたが、幸い起き上がってくるものもおらず、辺りを見回しても、まだアニマムンディの軍艦の影さえもない。

 だからか、クレオが提案してきた。

 マリンも正直身体がボロボロだ。

 あの青年と接近戦を繰り広げたクレオも、平然とはしているが、マリンの比ではないほどの手傷を負っていることだろう。

 この状況なら座っているくらいは大丈夫だと判断し、マリンはクレオを見つめるとゆっくり頷いた。

「そうね。少し休みましょう。私も、正直疲れたわ……」

 マリンも失笑を浮べると砕けた岩に腰掛け、クレオはそのまま地べたに座り込んだ。

 ようやく訪れた休息だったが、疲労と疲弊がピークに達していて、二人は軽い会話をかわす余裕さえなかった。

 戦闘の終わった岩山の頂上に柔らかな風が駆け抜けて、二人の髪を揺らした。

 束の間の休息を満喫していると、遠くから重いエンジン音を響かせながら飛空巡洋艦が近付いてくるのが見えた。

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