『裏の顔でもあるの?』
少年が倒れた後、マリンは乱れた息を整えながら地に伏せた少年からユーリに視線を移した。少年を押さえ込むのに息が切らすほどに手こずったのではなく、自分の体さえ道具のように扱う少年の危うさに感情が昂ぶってしまったのだ。
「ユグドラシルってなんなのよ!? こんなになるまで抵抗してくるなんて、そんなに人の怨みを買うような組織なの!?」
問い掛けるマリンを見返すと、ユーリは静かに微笑みながら縄を取り出して少年の捕縛を始めた。
「取り敢えず、この人が暴れださないように抑えときましょう。
その鎖だと、強力過ぎてイングヴァイさんが集中できないようですので……」
「あっ、うん……」
マリンは小さく頷くと、ユーリが少年を捕縛していく姿を無言で見守った。
「人とは異なる存在のため、人間社会から迫害された人たちが集まる場所。
それが公表されているというか、広く語られている一般的な姿ですよねぇ?」
この世界には、人間以外の生物が数多く存在している。
動物、植物、昆虫、爬虫類、それこそ星の数だ。
かつてはその中に、伝説や物語にしか描かれない聖獣や魔獣、怪物なども当たり前に混在していた。
その遺伝子は血筋に潜んで、細く、薄く、今も受け継がれており、本人の意思とは関係なく隔世遺伝という形で、突然目を覚ましてしまうことがある。
人ならざる力に突然覚醒してしまったものは、あるものは破壊や殺戮衝動に駆り立てられ、あるものは体に尾や鱗などの常人とは異なる特徴を抱え、またあるものは持て余した力を暴走させて、人間社会での円滑な生活が困難になる。
ある人物に導かれて、そんな人たちが身を寄せ合いながら生きていく国、それがユグドラシルであるというのが一般的な常識である。
敵対心を抱く人間からの攻撃を回避するため、天空を舞う大陸に都市を築いているとか、深海に王国を確立させているとかと噂され、所在さえはっきりとしておらず、ユグドラシルそのものが都市伝説とさえ言われている。
しかし、奇形種であり、本来ならばユグドラシルの一員として共に歩んでいくはずのこの少年が、これほど恨んでいるのは可笑しな話である。
「うん。なのに、その子の怒りはただことじゃないわ。奇形種ならユグドラシルに住んでいても可笑しくないのに、まるで憎しみを抱いているみたい。
ユグドラシルって裏の顔でもあるの?」
腑に落ちない疑念を抱いてマリンは眉間に皺を寄せた。
「さぁ、ユグドラシルにはまだまだ明かされていない秘密を持っているような気はしますけど、一方の話だけを鵜呑みにしていると情報に振り回されますよ?」
ユーリは少年を縛り上げると、裂けて今も血が溢れ出している腕を手当てしながら、マリンを諭すように柔らかく言った。
そんなこともするんだとマリンは意外に思い、その光景を見つめていた。
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