第64話『わたしはおサルか』
マリンは静まり返った部屋に小さく苦笑を浮べると、普段は大きくて嵩張るため、ベッドの下に仕舞っているジェラルミンケースを引っ張り出して、止め具を外して蓋を開けた。
中には様々な色彩を放つ大量のカプセルがぎっしりと詰っている。
その一つ一つが魔装器の弾丸だ。
父親が波動を扱えないマリンの戦う術として送ってくれたのだ。
波動は人によって発動する術が異なる。
個性と同じで似たものはあっても一つとして同じものはない。
それと同じで波動の放つ色彩も一人ひとり異なるのだ。
つまり、ケースの中のカプセルは全部違う人間の、様々な術であることを意味している。
マリンもどれがどんな術なのか全部を把握はしていないが、父親の友人は誰もが世界中に名を馳せているような英雄ばかりだ。
持って行って邪魔にはならないだろう。
普段は太腿に巻きつけるホルスター分しか持ち歩かないが、今回はそれだけでは足りないだろう。
ジェラルミンケースの蓋の裏側に収納されたベスト状のものや、ベルト状になっているものなど、いくつか引っ張り出して身体に巻きつけるとカプセル用に作られたポケットにカプセルを収めていく。もちろん全部は納まりきれないが、四十個くらいは持てただろう。
愛器である魔装器を見つめて『またよろしく』と内心で呟くと、微笑みながらそのフォルムを指先でそっと撫でてポケットに仕舞い、立ち上がった。
「よし!」
気合を入れて力強く吐き出し、着替えなどの日常品が詰ったバックを肩に掛けて部屋を出ると、ドアノブの鍵穴に鍵を差し込んだ。
「準備はできましたか?」
思いも寄らない場所で声を掛けられて、ぎょっとして声の主に視線を向けた。
「ユーリ……。どうしたの……? こんなところで……」
声を掛けてきたのはユーリだった。ユーリは背を壁に預けて両手でバックを持ちながら微笑みを浮かべて問い掛けると、体を起こして近付いてきた。
「もちろん、インヴァイさんを待っていたに決まってるじゃないですか」
冷静にもっともな意見をされて、マリンはそれもそうかと内心で肩を竦めた。
ユーリとは学校での集合になっているため、寮で会うとは思っていなかったのだが、どうやら迎えに来てくれたようだ。
「それもそうね。じゃあまだ早いけど学園に行こっか」
虚を突かれて間抜けなことを言ってしまったが、気を取り直して小さく笑みを浮べると学園へ促した。ユーリは『はい』と頷くとマリンと歩調を合わせて隣を歩いてくる。
二人は軽い会話を交わしながら学園に向かい、学園の食堂で昼食を済ませてから理事長室へ行った。時刻はまだ十三時半を少し回った程度だったが、出発するなら早いほうがいいだろう。
「あれ? 早かったねぇ」
二人がノックをして理事長室へ入るとクレオがすでに待機していた。
ここで再開したときと同様に理事長の机に座り、足をぶらぶらと揺らしながら、棒に付いた飴を舐めている。
ソファーに彼女の手荷物らしいバックが置かれている。
「時間取りすぎよ。幾らなんでも準備に一日は使わないわ」
「そうだよねぇ。なんだか理事長は女の子は準備に時間が掛かるものだって思い込んでるみたいで……」
「いいじゃありませんか。女の支度を急かす男なんかよりもよっぽど紳士的ですよ」
「それ、発想が中学生じゃないわよね」
ユーリの言葉に、マリンは呆れて溜息と一緒に吐き出した。
「あらあら女に年は関係ありませんよ? 優雅に淑やかに、です」
「やっぱり年取ると、男の人に媚を売るようになるものなの?」
前髪を搔き上げて瞳を細めながら微笑するユーリに、クレオがあっけらかんと問い掛けた。ユーリがピクリと体を強張らせ、額に青筋が浮かびあがったのが見えた。
クレオとユーリは二つしか年齢は違わない。まぁ、九十九年間、鎌をやり、そこから付喪神となったことを踏まえれば人の一生分は年上となるが、それをノーカウントとすれば、たった二つしか年の離れていない後輩に年寄り呼ばわりされれば誰でも不快になるだろう。
苦笑を浮べて二人を見るが、掛ける言葉を見つけられずにいた。
「色気の欠片もないお猿さんには理解できなかったようですね」
顔を強張らせたまま凶悪な笑顔を貼り付け、油の切れた機械のように音が立ちそうな動きでクレオを見ると乾いた声で言った。
「私はおサルか……」
それ以上言い争うつもりはないのか、それともそれほどまでにショックだったのか、いつものにんまりとした笑み浮べているが、頭に大きな汗が見えた気がした。
「おや、もう二人とも、もう来ていたのかい?」
その時、部屋の奥の扉が開いて道化師が姿を現した。相変わらず素顔や身体的特徴を掴ませないつもりなのか、頭のてっぺんから踝までをフード着きのマントですっぽりと覆い、舞踏会にでも出るかのような仮面で顔を隠している。
胡散臭い姿ではあるが、国を取り壊してまで特殊能力を扱えない人外の子供たちのために学園を創設したのだ。少なくてもその思想は素晴らしいものだと感じていた。
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