第66話『密入国だからですよ』
三人を乗せた装甲車は郊外を抜けて、学園の敷地の、さらに言えば国の外へ向かう。
車両は装甲車といっても軽装甲機動車と呼ばれる車体であり、外装や硝子が特別な素材で強固にされているだけで普通の四輪駆動車とそれほどは変わらない。
マリンには詳しくは分からないが、足回りというのが強化されているらしくて乗り心地は見た目ほど悪くない。
学園の敷地の外とは即ち他国になり、国境を越えることになる。それに気付いたとき、マリンは大変なことに気がついた。
「あっ、私パスポート持ってきてない!」
国境を越えるには当然入国審査がある。それの必需品である国際的な身分証であるパスポートを持ってきていなかったのだ。
「んぅ? ああ、大丈夫大丈夫」
ハッとして立ち上がる勢いで声を張り上げてしまったマリンに、クレオは魚肉ソーセージの皮を剥きながら、にんまりと笑って手をひらひらと振った。
国境を越えることができなければ任務以前の問題である。なのにどうしてこんなに落ち着いていられるのだろうと疑問を抱いて魚肉ソーセージに食らいつくクレオを凝視した。
学園側から国境を越えるものなどほとんどいない。気を焼くマリンを嘲笑うように、すぐに順番はやってきた。
パスポートを提示することができない以上、書類やらなにやらを作成しなければならないのだろうと、車を下りようとしたがクレオがにんまりと笑って首を左右に振った。
下りなくて良いということらしい。どうするのだろうと思って運転席を見つめると、ディヴルが運転席の窓を開けて隣国、オセトゥミの国境兵になにかを見せながら二・三言話すと、すぐに招き入れられた。
「ね? 大丈夫だったでしょ?」
二本目の魚肉ソーセージの皮を剥きながらさも当然のようにクレオが微笑んだ。
「うん。でも、どうして国境越えしたのに入国審査もないのよ?」
「密入国だからですよ」
マリンが思案顔で問い掛けると、指先で髪を弄んでいたユーリが恐ろしいことをさらりと言い、視線を向けて黒い笑みを浮かべた。瞳が怪しく光ってさえ見える。
「密入国ぅ!?」
ユーリの言葉にマリンは血の気が引くのを感じた。顔が引き攣っているのが分かる。
犯罪を犯すつもりなどなかった。
知らなかったこととは言え、大それたことをしてしまったと精神を雷に打たれたような衝撃に打ちのめされていた。
両親に謝罪の念さえ抱き始めた、時だった。
「そんなわけないでしょ。前もって理事長が手配しといたんだよ。
生徒に犯罪なんて犯させるわけないじゃん」
クレオが魚肉ソーセージを頬張りながら苦笑を浮かべてマリンを見つめた。
「そう……よね……」
クレオの言葉に安心してほっと胸を撫で下ろすと、ユーリがマリンからそそくさと視線を逸らした。
「もうっ! ユーリが変なこと言うからぁ!」
「冗談ですよ。冗談……」
マリンが拗ねたように唇を尖らせると、ユーリは高く喉を鳴らして笑いを洩らした。
「うぅ……!」
それ以上はなにを言っても反省などはしないだろうと、溜息と一緒に洩らすと、窓枠に肘を着いて外に視線を向けた。
国境とは国の端にある。国境を越えたばかりの場所に町などあるわけもなく、車は岩山の中に敷かれた道路を疾走していた。
道路の両端には大小様々な瘤のような岩山が並んでいて、何種類もの綺麗な縞模様を彩る地層に歴史の深さと大自然の神秘を感じながら、昨日はあの中の一つで戦闘を繰り広げたのだ、などと思い笑みを溢して眺めていた。
しかし、数時間も経つと変わらぬ風景にさすがに飽きてきた。ディヴルは見た目や性格とは裏腹に運転が旨く、急ハンドルや急ブレーキもない心地良い車の振動も重なって瞼が重くなり、ダメだと分かっていても抗えず意識が途切れていった。
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