『なんでもない!!』

 二人で作り出した結界に人型が触れたが、人型からは黒い塊が人の形を象っているだけで、クレオに触れたときのような色様々な情報は入ってこない。

 マリンは人型を大鎌で粉砕しながら周辺を動き回り、媒介を探すがそれらしいものには辿り着けない。

「見つからないわね。あいつも退散したことだし、また中和しながら進もうか?

 このままじゃあ、三人とも体力を無駄に消費するだけじゃない?」

 進んでも進んでも埒の明かない現状に、マリンは流石に疲れて提案してみた。

〈範囲が狭いのかもしれませんね。もう少し広げてみましょう〉

「そんなことができるの?」

〈できますよ。今はイングヴァイさんの波動で領域と言う術を発動させています。

 これに私の波動を上乗せすれば、範囲も認識力も格段に上げることができます〉

 ユーリの言葉に、マリンは大鎌の柄を握る手に力を込めた。

「やってみる」

 意識を集中させ、周囲に広げた波動を収束させてユーリに注ぎ込んだ。マリンの波動が大鎌を覆い、光が激しく波打ち、そして、頭の中で硝子に皹が入ったような音が響いた。

〈もう、イングヴァイさんってば激しいんですから……。もっと優しくしてください〉

 ユーリは苦しそうに息を荒くさせながらも、心配させないようにという気配りか、冗談混じりで苦情を言って来た。

「どうしてそう言う言い方をするのよ? だけどごめん。今、なんか割れたような音が聞えたけど、大丈夫なの?」

〈私は大丈夫です。それより波動を調整しましょう。まずは私に流し込んだ波動で自分の身体も覆うイメージで流してください〉

「こう……?」

 大鎌から右腕へ、右腕から右足へ、右足から左足へ、左腕へ、頭へ、そして右腕へ、そして再び大鎌になったユーリへと波動を流し込む。

 それまではユーリだけが発光していたが、これでマリンも淡い光に包まれた。

〈そうそう。上手ですよ、イングヴァイさん。とても波動が使えないようには思えません。

 ここまでコントロールできる人は術者でも少ないですよ?〉

 ユーリは苦しそうに呻きながらも、笑みは絶やさずに続けた。

 そして、再び、硝子に亀裂が入るような高い音がマリンの頭の中で響いた。

「ユーリ?」

〈大丈夫です……。それより、結界を張りますよ?〉

「なんだか、無理してない?」

〈してませんよ。寧ろ、私はこれを望んでいます〉

 何処か苦しそうにしているユーリが気になりマリンは声を掛けてみた。返ってきた意外な返答の真意が掴めず戸惑っていると、ユーリはマリンの心中などお構いなしで結界の、いや領域と言う術を発動させた。

 マリンの中にユーリの波動が流れ込んできて、マリンの波動を覆うように包み込むと、一緒に流れ出した。

 ユーリの波動は強く、扱いもマリンとは比較にならないくらいに精錬されたものだった。現に今、ユーリがいなくなれば、その時点で波動が使えなくなるだろう。

 それでもなぜか、言い知れぬ不安に襲われていた。

 ユーリの波動が膨れ上がり、誘導されるようにマリンの波動も高まっていく。波動はさっきと同じように足元から周辺に流れ出すように広がり、マリンを中心に円筒状の光の柱を形成した。

 マリンが単独で結界を張ったときは直径で一メートル程度のものだったが、ユーリが協力してくれただけで、今では半径で七メートルはある柱になっている。

 二人の力だということは分かっているが、比率で言えば七割はユーリの波動だろう。

 仕方がないのは分かっているが、この差は正直悔しかった。

〈どうしました? イングヴァイさん。精神が乱れていますよ?〉

「なんでもない」

 胸中を見透かしたようなユーリの言葉に、マリンは唇を尖らせる。

「さぁ、行くわよ!」

 それ以上なにかを言われるのは嫌だったため、マリンはユーリに一声掛けると大鎌を振り上げて、人型の集団に向かって斬り掛かった。

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