『人間の平穏なんて興味ないし』

「随分と物騒なことを考えるんだね? 私は誰とも戦わないで穏やかに暮したいな」

「ユグドラシルのエージェントの言葉とは思えませんね……」

 本質はどうであれ、人間から危険視されて迫害を受けているユグドラシル。そこの工作員らしからぬ言葉にユーリがくすりと喉を鳴らした。確かに平穏な日常を送りたいのであれば、まずは職を変えるべきだろう。

「別に戦いたいからユグドラシルにいるわけじゃないよ……。

 ただ、みんなで幸せになりたいだけ」

 そう言いクレオは屈託ない笑みを浮かべた。

 ユグドラシル。そこは少し特殊な血統を持つため、人間から迫害を受けたものたちが生息する場所。人間から見れば忌むべき存在でも、そこに住む人たちにとっては、みんな仲間なのだ。

 世界の九割以上を普通の人間が締める中、一部のものが身を寄せ合ってできた国の名前である。そこに住むものは人間よりも団結力が強いと言う。

 マリンは父に、『国というより獣の群れだ』と説明された。

 神獣と呼ばれる麒麟の血を引くマリンも、もしかしたら将来はユグドラシルの住人になっているかもしれない。そう思うと少しだけクレオの言葉が理解できた。

 人間だろうとそうでなかろうと根底は同じなのだ。

 大好きな人たちと、ただ笑って過ごしていく。本当は、幸せなんてそんな些細なことなのかもしれない。

「だけどユグドラシルの安泰は、人間にとっては脅威ですよ?」

 ユーリが口許に嫌味な笑いを浮かべてクレオを横目で見つめた。

 相反する二つの種族が存在する場合、一方の幸せはもう一方の脅威になってしまう。

 非常に繊細で難しい問題である。

「人間が気にし過ぎなんだよ。人間にだっていい人と悪い人がいるじゃん? 人間じゃなくても同じだよ。大半の人は人間に良い感情は持ってないけど、別に襲ったりはしないよ。

 なのに人間は執拗に敵対してさ、嫌になっちゃう」

 クレオはわざとらしく溜息を吐くと、やれやれとばかりに大袈裟に頭を左右に振った。

「立場が違えば守るものも考え方も変わりますからね。ユグドラシルの平穏は無関心かも知れませんが、人間にとってはユグドラシルの消滅こそが平穏に繋がるのかも知れませんよ?」

「別に人間の安息になんか興味ないし……」

「あらあら、ユグドラシルさえ良ければ人間はどうでも良いと? そんな考えだから蟠りは消えないんですよ? まぁ、私には関係ありませんのでいいですけど。それより……」

 ユーリとクレオは互いに皮肉染みたことを言いながら、楽しいのか疑問を感じさせる会話を交わしていたが、ユーリが不意に会話を切ると瞳を細めて視線を先に向けた。

「うん。いるね……」

 クレオは糸目でにんまりと口許に笑みを浮かべたままで、ユーリの言葉を肯定するように頷くと、見えているのか分からない目で恐らくユーリと同じ場所を見つめた。

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