『逃げて!!』
「あの人はまだ気配を消して潜んでいます。
イングヴァイさんのピンチにも助けに出ないでね。そのせいでまたイングヴァイさんは怪我をしてしまいましたが、謝罪もせずに姿を現さないところを見ると……」
「それはいいけど……」
姿が見えなかったのは、尾行を継続していたからだったようだ。そう言えばユーリからそう聞いていた。尾行をしているのであれば姿を確認できないのは当然のことである。
クレオは、なんらかの策略があって、今もまだ身を潜めているのだ。
マリンは頭に血が上って先走った自分の浅はかさを呪った。
「それならここは、彼女から離れるべきね」
「まぁ、それが最善でしょうね。彼女にも怪しまれないように適当に……」
ユーリは難易度が高いことを、軽く微笑んだままでさらりと言ってくる。
「うん。分かった。やってみる……」
マリンはユーリに向けて軽く頷くと、どうすれば怪しまれないで彼女の追っ手をやめられるか考えていた。家からここまで追い掛けてきたマリンが手のひらを返すように急に撤退したら彼女は怪しむだろう。
中和が解ければ彼女はきっと攻撃を再開してくる。
ならば、攻撃を食らって気を失った振りをするのが一番であろう。それが怪しまれずに彼女の追跡を止める最善の方法だ。
さっきの様子からして、彼女には人を殺すつもりはない。
ならば、意識を無くした相手に止めをさすようなことはしないだろう。
後はクレオの連絡待ちになるだろうが、正直今日はもう余力は残っていない。待機中に体を休められるのは嬉しかった。
「マリン! ユーリ! 上ぇ! 逃げて!!」
その時この計画の要であるクレオが、今は水の出ていない噴水の陰から身を乗り出して大声で叫んだ。姿を出してはダメだろうと思いながらも、計画を壊してまであんなに叫んで何を報せたいのだろうと上を見上げて、瞳を見開いて硬直した。
「なに……? あれ……」
二人の頭上の遥か上空で、月か太陽かと思うほどの大きな波動の塊が浮かんでいた。
中和の空間は半円状だ。強大な塊はマリンが中和できる範囲のさらに上空で、ゆらゆらと揺れながら今もなお拡張していく。
少女が上空に手を掲げていたのはあれを造っていたのだと、今更ながら気付かされた。
中和の光ならばあれさえも消すことができるだろうが、マリンの力では届かない。
それに、中和は一度に一ヶ所にしか使うことしかできなず、発動をさせている今は新たに、もう一つ発動をさせるなんてことはできない。
少女があれを落としたらこの辺一帯、なにもかもが粉々に砕け散るだろう。
良くて全治数ヶ月の重傷、高い可能性で命を落としてしまう。
今はこの中和の光の中にいるのが一番安全なのだ。
だが、マリンが中和を発動していられる時間には限りがあり、一定の時間を経過すると、否応なしに消失してしまう。
その時間がこのタイミングで訪れ、無情にも光の空間が掻き消えていった。
黒くて冷たいなにかが心の奥から込み上げてきて、マリンは無駄だと分かっていながらも、必死で中和を掻き集めようとしたが無情にも中和は消えていき、体中に鳥肌が立って全身の筋肉が凍りつくように強張っているのが分かった。
それを見計らって少女が頭上の巨大な波動の塊を落とし、まるで太陽が落ちてくるように辺りを黄金色に染めながら、少女の術がゆっくりと頭上から降り注いできた。
どれだけ距離をとっても、例え全力でここから離れようと、あの攻撃からは逃れられないだろう。
それ以前に、足が竦んで動けない。
呆然と見上げることしかできないマリンとユーリの顔が少女の波動の光で黄金色に染まっていき、そして、大爆発が起きた。
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