第33話『道化師《クラウン》だよ』

その直後、波動同士が激しくぶつかり合う衝撃が起きて辺りをの震撼させた。

「君の相手は茨たちに任せたはずなんだけど、全部倒しちゃったのか。

 君も思ったよりはできるようだね」

「お兄さん、波動を設置するなんてマジシャンじゃないね?」

 さらに二人は言葉を交わしながら撃ち合っているのだろう。マリンの頭上では、まるで小型の爆弾が爆発したような空気の破砕が連続的に起こっている。

 今しかないとマリンは無様な姿を晒す屈辱に耐えながら、クレオの邪魔にならないようにその場から離れ、込み上げてくる痛みに堪えて頭を上げ、二人に視線を向けた。

 クレオは変幻自在の足技で、蹴りを乱打すると着地と同時に再び地を蹴って跳躍し、再び蹴打の乱撃で青年を攻め続けている。 

 一見、クレオが優勢に見えるが、青年は腕でクレオの攻撃を全て受け流していて、ダメージは与えられていない。

 それでもクレオが執拗に攻撃を続けているのは、ただただ、マリンが避難して回復をする時間を稼いでいるのだ。

「フフフ。良く気が付いたね。僕は手品師から一段階の進化を遂げた術者、『道化師(クラウン)』だよ。

 元々は君と同じマジシャンだ。つまりは、君よりも進歩した術者さ……」

 青年は口の端をニヤリと吊り上げて、例の如く見下した口調で嬉々として語りながら、クレオを押し退けるように大きく腕を振ると、闇色の波動を辺りに振り撒いた。

 すると、草花が芽生えるように岩盤から茨が生え、見る見る内に成長を遂げると自ら意思を持つかのようにクレオ襲い掛かった。

「だけどさぁ、ただ設置できるようになっただけでしょう?

 私もその辺にこの術を設置できたら便利だなぁとは思うけど、別に今のままでも困らないよ?」

 クレオは軽い口調で言うと、迫ってくる茨に波動の霧を噴射させて固め、全てを上段蹴りで撃ち砕いた。

「そんなに単純なものじゃないさ。進化を遂げる前と後では波動に対する理解が違う。

 だから、こうして手加減をして遊ぶこともできるのさ」

 踊るように身を揺らす無数の茨の中心で、青年は嘲笑を浮べて囁くと、人指し指をクレオに向けて突き出した。

「今度は少し強く行くよ。フフフ。死んじゃうかもね」

 それまで風もないのに揺れていた茨が突然伸張すると、うねりを上げて四方からクレオに襲い掛かる。クレオは両手から霧状の波動を散布させ、茨を固めながら接近をすると青年に飛び掛った。

 そこまでは、これまでとなんら変わらない光景だ。この後はどちらかが力尽きるまで打ち合う肉弾戦になる、はずだった。

 しかし茨を固めたクレオの波動に皹が入り、卵の殻を破るように突き破ると、背後からクレオの背を殴打した。

「ぐぁっ!」

 蛙が潰された時に上げる断末魔を上げて、クレオほどの達人が受け身も取ることもままならないままに、顔面から地面に叩きつけられた。

「言ったはずだよ? 少し強く行くってね」

 青年はその場に佇んだままで口許に笑みを浮かべて勝ち誇った表情で嬉々として言うと、片手を上げて辺りに無数に生やした茨に指示を出して、クレオに強襲を仕掛けた。

「うぅっ!!」

 クレオは迫る茨に瞳を見開き、慌てて霧状の波動を放って固めるが、茨はクレオの波動をものともせずに打ち壊し、貫く勢いでクレオを突進した。

 だが、クレオが刺されるのを黙って見ているほどマリンは暢気ではない。素早く魔装器の底を開けて白いカプセルを取り出し、通路で使った深い紫のカプセルを装填すると、魔装器を発動させてクレオと青年の間に向けて撃ち放つ。

 凝縮した荒れ狂う波動の塊が不規則な楕円を描き、茨を巻き込み粉々に粉砕させて、大地を抉りながらクレオと青年の狭間を通過していく。

 青年が口許に冷ややかな笑みを浮かべてゆっくりと振り返ると、冷たい瞳でまっすぐにマリンを見据えてきた。

「君もまだまだ元気だね? 結構本気で蹴ったんだけどな。術者以外のものがこんなに早く回復するとは思わなかった。フフフ。些かショックだよ」

 波動が籠もった鋭い視線がマリンの双眸を射抜く。それまでとは違い、魂までも凍てつかされるような冷たい視線に全身に鳥肌が立った。

 息が苦しくて、膝から力が抜けていくのが分かる。

これが……、恐怖だ……。

 意思の宿った瞳には、これほどの力があるのだと身を持って実感させられた。

 それでも膝を折るわけには行かない。この青年は倒すべき敵なのだ。

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