『シャナは……、シャナ……』
通路のような間隔を開けて、定期的に立ち並ぶガラス管の間を抜けて壁際まで行くと、壁の一部に鉄格子で区切られた場所があり、その向こうに更に狭いながらも空間があるのを見つけた。
そこは、まるで檻だった。
マリンが檻の前まで行くと、檻の中で小さな脚がピクリと驚いたように跳ね上がったのを視界の端で捕らえた。そっと覗き込むと、ワンピースを着た金髪の小さな女の子が体育座りで座っている。
そう、あの町で出会い、今は怪物にされてしまった、あのタロットの少女だ。
少女は暗闇の中、生気のない瞳でマリンを見上げてきた。
ここまで来てようやく、マリンはここがユーリの言っていた彼女の深層心理の中なのだと気が付いた。
ユーリは彼女との接続を成し遂げ、ちゃんとマリンを送り届けてくれたのだ。
ここが少女の精神世界であるのならば、地平線まで続いていそうな、普通では有り得ない敷地の研究所も、まるで天まで伸びていそうなガラス管にも納得がいく。
彼女の恐怖が本来のものを拡大させてしまっているのだろう。
だとしたら、この頭痛や耳鳴りは、彼女がマリンを拒絶しているために起こっているのだ。
ここはきっと彼女が生み出されたと言う研究所だ。彼女の精神は今でもずっとこんな場所で縛られているのだ。
それは心の拠り所にするような場所さえ、彼女は持っていないの事を物語っていた。
「だれ?」
少女がゆっくりと口を動かして静かに問い掛けてきた。
深層心理の彼女には、マリンの記憶は全く残っていないようだ。
寂しい気もしたが、話をするのなら寧ろ好都合だった。
初めて聞く少女の声は高くて可愛らしいが、感情の起伏もないどこか澱んだもので、まるで錆びた鈴を転がしたようなものだった。
こんなところに一人で閉じ込められていたら、こうなってしまうのも仕方のないことだろう。普通の生活を送っていたら、きっともっと弾んだ綺麗な鈴の転がるような声を聞かせてくれたはずだ。
そう思ったら、悲しくなった。
「私はマリン。マリン=イングヴァイよ。そういう貴女は誰?」
マリンは努めて笑顔を心掛け、スカートを押さえて腿と脹脛で挟むようにして屈み、少女と目の高さを合わせると今度は此方から尋ねてみた。
「シャナは……、シャナ……」
金髪の少女は意思を宿さない、光のない瞳でマリンをじっと見つめたまま、ポツリと言葉を紡いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます