第5話『お土産期待してるね』

教室に戻って午後の授業を受け、放課後になると再び町の巡回に当たった。

 ユグドラシルに起きている事件と関連しているかどうかは分からないが、最近、この町ではテロ行為が多発している。マリンたち風紀委員は町を守るために、昼夜問わず門限まで分担して巡視していた。勿論、この日も例外ではない。

 マリンはこの日、風紀委員の仲間で同級生のノルンと町を見回っている。

 ノルンは一本角の天馬、ユニコーン族であり、二人とも角が生えた聖獣の血を引いていると言う会話がきっかけでできた学園での最初の友人だ。

 実力はマリンと同じ三つ葉であるが、その自由気儘な性格ゆえ、風紀委員では浮いた存在になっている。

 本人も自覚はしているようだが、他の委員に移るつもりはないようだ。

 理由はマリンが風紀委員に入っているからといっていたが、別に委員会が一緒でなくても、友人は友人なのだから居心地の悪い場所で無理をする必要はないとは思うものの、そんな風に言ってくれるのは正直嬉しかった。

 この町にも、もちろん警察は存在している。人間ではない屈強な戦士たちだ。

 その実力は学園の花をも凌駕しているが、教師を兼任しているためにみんな多忙である。

 だからこそ生徒が、特に風紀委員が代理でパトロールをし、自分たちではどうにもならないような事件に遭遇したときは連絡をすると言う制度をとっている。

 だが、この学園に通うものは、風紀委員の面々にしても他の生徒にしても自分の力を認めて欲しいものが多々といる。

 そのほとんどの生徒が、教師には連絡せずまずは自分で解決を試みるのだ。

 それを教師に何度も指摘はされているが、この制度が廃止にならないのは背に腹はかえられないのだろう。

「だけど依頼に行くとなるとしばらく町を離れちゃうんだね。寂しくなるなぁ……」

 町を巡回している最中、隣を歩くノルンが不貞腐れたように囁いた。

「心配なんてしなくてもすぐに帰って来るわよ。それこそ寂しいなんて感じる前にね」

 同級生を相手に臆面なくそんなことを言ってくれるノルンを可愛いと思い、小さく喉を鳴らすと安心させるように伝える。

「本当?」

「本当よ。ただの調査だし、危険なこともなにもないだろうから、ちょっとした旅行を楽しんで来るわ。お正月に家に帰って以来この町から出てないしね」

 実際にはそんなに軽い仕事ではないだろう。幾ら麒麟の力で中和することができると言っても、発動させる前に催眠術に掛けられてしまったら一環の終わりだ。

 旅行気分を味わうところか、一瞬も気を抜けない調査になる可能性もあるのだ。

「そっかぁ、うん。それなら、お土産期待してるね」

 ノルンは心底安心したのか満面の笑みを浮かべると、冗談混じりで言ってきた。

「あんたねぇ、私は遊びに行くんじゃないのよ?」

「あはは、やっぱりお土産は無理か……」

 マリンが呆れて溜息と一緒に吐き出すと、ノルンは予想していたのか頭の裏で腕を組みながら、悪戯がばれた子供のように無邪気に笑った。

「買えるようだったら買ってきてあげるわよ」

「ホントぉ? だからマリンって好きぃ……」

 溜息を着きながら吐き捨てるように告げると、ノルンがぱぁと効果音が聞こえてくるくらいの笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見ていると怒っているのも馬鹿らしくなって、気が付けばマリンも笑顔になっていた。

「いい? あくまでも買えるようだったら、よ。そんな時間があるのか分からないし、下手したらお店なんかないかも知れないんだから、あまり期待しないでよ?」

「はぁい。マリンは団体行動を乱すようなことはしないもんね。

 無理にとは言わないけど、なるべくお願いね。楽しみにしてるから」

 悪いと思ってはいるのかノルンは笑顔のままで遠慮がちに催促をしてきた。

 お土産を買ってくるのは別に構わない。この学園で売られているものなど限られている。この国の外で流行っているものや新しいものを購入することはできず、どんどんと世間から離れた存在になってしまう。

 マリンも家に帰ったときや、外に出た友人がお土産をくれるととても嬉しい。それが珍しいものならなおのことだ。

 だからマリンも変わったものがあったら、買ってきてやりたいとは思っている。

 だが、問題は先ほどにも述べた通りに時間とお店だ。そればかりはマリンにはどうにもできない。下手に期待させるよりはいいと、釘を刺しておいた。

「まぁ、機会があった……、っ!!」

 その時、二人の眼前を蒼い閃光が横切り、マリンは途中まで発した言葉を飲み込んだ。

 遠目では流れ星のように見えたが、それは、波動術と言う生体エネルギーを戦闘の道具として扱う術なのだと悟った。

 閃光は建造物の向こうに落ちると、破裂して凄まじい破壊を起こして爆風がマリンの身体を激しく叩いた。

「あの先は!」

 建物の向こうには入院患者を何人も抱えている、この町唯一の病院がある。

 それに気づいたノルンが顔を蒼白させて、ガチガチと歯を鳴らしながら震えた声で言葉を洩らした。

「ノルン、先に行って! あんた一人の方が早い! もしもそうなら一人でも多くの人を避難させて!」

 マリンは意気消失し、今にも崩れてしまいそうなノルンに向けて強く言い放った。

 ノルンは呆然として振り向いたが、マリンが言わんとすることを悟ったのか、瞳に強い意志を取り戻すと、真顔で強く頷いた。

「うん。じゃあ先に行ってる! マリンもすぐに来てね!」

 ノルンは体の前でゆっくりと大きな円を描くように腕を動かすと、肺に空気を大量の蓄積させるように息を吸い込んだ。

「風の道!!」

 そして吸い込んだ空気を全部吐き出すような勢いで強く言い放つと、力強く両手を前方に向けて突き出した。

 ノルンの前に突風が吹き抜けて家やビルの合間を縫うように風が疾ると、ノルンはそれに乗って瞬く間に爆発が起きた方向へ流れていった。

 風を操り、大気中に道を作って移動する。これが一角馬の特殊能力であり、ノルンのもっとも得意とする術である。

『もしもそうなら』。マリンがノルンに告げた言葉だ。そこには、『もしも病院で爆発が起きていたら』と意味が込められていた。ノルンは今頃、病院に着いただろう。

 動けない入院患者がいても、少数ならばノルンがいれば安心だ。

 それでもノルン一人では限界がある。マリンも病院に向かい駆け出した。

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