第7章 国別異能対戦編

第117話 新学期に転入生がやってきました

 冬休みが終わった新学期初日。

 前日にフィナール寮へ入った私は、いつもと変わらぬ時間に登校しました。


 久しぶりだというのにあまり懐かしい感じがしないのは、屋敷と寮の雰囲気や造りが似ているからでしょうか。


 いえ、それだけではありませんね。

 私は隣に視線を移しました。


「なに? どうかしたの?」


 リーゼロッテが首を傾げています。

 エステルの誕生パーティーを境に、リーゼロッテとはほぼ毎日のように顔を合わせていました。

 ディシウス王国でもしも私が負けていたら、今とは違った状況になっていたはずです。


「いえ、こうして貴女の隣を歩くことができて良かったと思っただけですよ」


 大切な人の傍で共に歩む。

 簡単なことのように思えてこれが意外と難しいのです。

 ニッコリと微笑みながらそう告げると、みるみるうちにリーゼロッテの顔が赤くなっていきました。


「……私も」

「はい?」

「私もアデルと一緒に歩けて嬉しいわ」


 そう言って、私の制服の裾をギュッと握るリーゼロッテ。

 

「ありがとうございます。リーゼロッテ様も私と同じ想いを抱いてくださっていることに感謝を」


 同じ気持ちであることを喜びつつ、深々と感謝のお辞儀をしました。


「……ねえ?」

「何でしょうか」

「私たちってその、婚約者同士に戻ったのよね」

「ええ、そうですよ」

「だったら、その『リーゼロッテ様』っていうのをやめてもらえないかしら?」

 

 ふむ。

 相手が一国の第一王女とはいえ、私の婚約者なのですからずっと敬称で呼ぶのは他人行儀な感じもします。

 リーゼロッテさん?

 それともリーゼロッテちゃん?

 うーん、何だか違うような気がします。

 そうなると後は――。


「リーゼロッテ」

「ひゃいっ!」


 私が彼女の名前を呼ぶと、ビクンと身体が揺れました。

 そして顔を俯かせ、肩をブルブルと震わせています。

 いきなり呼び捨てにするというのは、やはり失礼だったかもしれません。


「申し訳ございません。やっぱり他の呼び方に――」

「いい!」


 バッと顔を上げたリーゼロッテの表情は、満面の笑みを浮かべていました。

 表情を見るに、嫌がっているわけではないようです。


「も、もう一度呼んでくれない?」

「……リーゼロッテ」

「うん……うん。いいわね。今度から私の事はリーゼロッテと呼ぶように!」

「リーゼロッテがそれでいいのでしたら……」

「もちろん、いいに決まっているでしょ。ふふっ」


 何やら先程よりも更にリーゼロッテの機嫌が良くなったような。

 

「では、教室に向かいましょうか」

「ええ!」


 こうして、私とリーゼロッテはフィナールの教室へと向かうのでした。



 私とリーゼロッテが教室に入ると、一斉に視線が集まりました。


「おはようございます」


 ひとまずいつも通りに挨拶をして席に着きました。

 リーゼロッテは私の隣の席に座っています。

 教室中から視線を向けられたままなのですが、誰も近寄ろうとはしません。

 

 国内外に向けて発信していましたからね。

 知らないはずがないのです。

 思えば、この教室に来るまでの間もずっと注目を集めていました。

 普段であれば、"アデル親衛隊"の皆さんが中心となって挨拶をしてくださるのですが、一人も声をかけてくる方はいませんでした。


 聞きたいけど聞けない、といったところでしょうか。

 隠すようなことでもなく、本当のことなのですから聞いてくださっても何ら問題ないのですけどね。


 そう思っていると、突然教室の扉が勢いよく開きました。

 入ってきたのはガウェインとエミリアです。

 私を発見するなり、ガウェインは一直線に私の方へ向かってきました。


「師匠~! お久しぶりです! この度はご婚約おめでとうございます! いやぁ、こんなにおめでたいことはないですねっ」


 私の手を取るなり、ブンブンと上下に揺らしながら笑っています。

 心の底から喜んでいるような笑顔です。


「まったく、はしゃぎ過ぎよ兄さん。アデルくん、リーゼロッテ様。ご婚約おめでとうございます」


 遅れてやって来たエミリアも、ガウェインと同じく祝福の言葉をかけてくれました。

 私とリーゼロッテはお互い顔を見合わせると、笑みを浮かべました。


「ガウェイン君も、エミリアさんもありがとうございます」

「二人ともありがとう」

「当然のことです。ご結婚される際には是非呼んでください! このガウェイン、一番弟子として必ずや馳せ参じます!」

「け、結婚!?」


 リーゼロッテは叫びながら驚いています。

 婚約したのですからいずれはそうなるでしょうけど、今の私たちは学生です。


「ガウェイン君、気が早いですよ。学園を卒業してからの話になると思います。ねえ、リーゼロッテ」

「え!? そ、そうね。学生で結婚なんて早すぎるもの」

「というわけです」


 ウンウンと頷くリーゼロッテに苦笑しつつ、ガウェインの方に振り向くと、双子の兄妹はどちらも目を丸くしていました。


 ん?

 何をそんなに驚いているのでしょうか?


「妹よ、俺の聞き間違いでなければ今、師匠は『リーゼロッテ』と呼んだように聞こえたんだが」

「奇遇ね兄さん。私の耳にも同じように聞こえたわ」


 そういえば、他に人がいる前で呼び捨てにしたのは初めてでした。

 二人がチラチラとこちらを見ていますが……ああ、リーゼロッテが恥ずかしそうに顔を手で覆っています。

 

「変でしょうか?」

「いえいえいえ! お似合いです! 寧ろ、あまりに自然過ぎて長年連れ添った夫婦のようでしたよ」


 結婚もしていないのに夫婦とは大袈裟な――って、リーゼロッテの耳が真っ赤になっているじゃありませんか。

 よほど夫婦という言葉が恥ずかしかったのでしょう。


 と、そこでまた教室の扉が開きました。


「やあ、アデル君。久しぶり」


 そう言って近づいてきたのはシュヴァルツでした。

 彼の後ろにはヴァイスとリーラもいます。


「お久しぶりです、シュヴァルツ先輩。ヴァイス先輩とリーラ先輩もお元気そうで何よりです」

「アデル君も元気そうだね~」

「うむ」

「冬休みの間に色々あったようだが……まずはおめでとうとだけ言っておくよ」

「ありがとうございます」


 "色々"と言うあたり、シュヴァルツは私やリーゼロッテに起きたことを知っているのかもしれません。

 ガウェインやエミリアは何のこと、といった顔をしています。


 どうやって知ったのでしょう?

 謎の多い方です。


「ああ、そういえば知っているかい」


 徐ろにシュヴァルツが問いかけてきたので、何のことか分からない私は頭を振りました。

 

「いえ、いったい何のことでしょうか?」

「新学期早々だが、どうやら学園に転入生がやってくるらしい。しかもフィナールとして」

「転入生?」


 こんな中途半端な時期に他校からやってくるとは――そもそも転入制度があったことも驚きですが。


「こんな時期にですか? というか転入なんてできたんですね」


 とガウェインが言い出しました。


「滅多にないことではあるんだが、今回に関してはどうやら特例で認められたそうだ。どうしても必要な措置だそうだよ」


 必要な措置ですか……。

 いったい誰が来るというのでしょう?


 ――その時。

 予鈴のチャイムが鳴ると同時に、ガラガラと教卓に近い方の扉が開きました。


「皆さん、おはようございます」


 教卓の前に立ってそう挨拶をしたのは、フィナールを受け持つ教師の一人であるベアトリスです。

 生徒全員が席に着いたのを確認したベアトリスは一つ頷きました。


「フィナールの皆さんが一人も欠けることなく出席しているようで、私も嬉しく思います」


 そこで一旦言葉を切ったベアトリスは、眼鏡をくいっと上げました。


「さて、そんな皆さんに今日は一つお知らせがあります。今日からこのフィナールに転入生を迎えることになりました。……入ってきてください」

「はい」


 うん?

 どこかで聞いたことがあるような?

 しかもつい最近。


 ベアトリスの呼びかけに短く返事をした後、ゆっくりと扉がスライドしていきます。

 壇上に現れたのは――。


「リビエラ・ウェリントンです。今日から聖ケテル学園の学生――フィナール生となりました。宜しくお願い致します」

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