第56話 五騎士選抜編⑬

「くっ――!?」


 咄嗟に両手を前に出した私は、円を描くように回転させ、矢継ぎ早に打ち込まれるレイの拳を凌ぎます。

 全て止められるとは思っていなかったのでしょう。

 レイは驚いたのか、瞳を大きく見開いています。


 ――いまです!

 連撃を終えたレイに出来た一瞬の隙。

 そこを狙い打つ渾身の突きを入れます。

 レイは即座に反応し、後方へと飛び退けました。


「逃しませんよっ!」


 私は足の指先に力を入れると、思い切り地面を蹴りつけ、レイを追うように拳を伸ばします。

 ですが、こちらが追撃をしてくるのを予め予測していたのでしょう。

 私の拳がレイに当たる直前、彼は身体を沈めて軽やかにかわされてしまいました。

 もしや、隙が出来たように見えたのは――私を誘い込むため!?


「ふんッ!」


 レイは低い体勢から突き上げるような蹴りを放ってきました。


「うおおお!」


 喰らってしまえば身体を吹き飛ばされるであろう攻撃を、紙一重で後方に反って躱します。

 そのまま距離を取ろうと後方へ飛んだのですが、私の着地を狙おうとレイは更に間合いを詰めてきました。

 が、私は右手に力を込めて自らの異能を発現させます。


「『――――英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー!』」


 右手に握られているのは、光り輝く"正統なる王者の剣"。

 それをレイに向かって横薙ぎの一閃を繰り出します。


「!? 『――雷を切り裂く剣ブリッツ・シュヴェールト!』」


 同じく異能を発現したレイは、"雷を切り裂く剣"で私の攻撃を防御しました。

 キィンッ!! という金属音が演習場内に木霊します。

 剣撃を防いだ時の隙を利用して、レイの横をすり抜けようと試みます。

 ですが、"雷を切り裂く剣"によって速度を強化されている彼の速さは凄まじく――。

 いつの間にか先回りしていたレイは、その手に持った鋭剣を私に向かって一振り。


 剣を合わせるには間に合わないと思った私は、走りながらしゃがみ込みます。

 レイの一閃は凄まじく、避けることが叶わなかった髪の毛の一部が、パラパラと宙を舞います。

 私は走る勢いそのままに、前転しながら今度こそレイの脇をすり抜け、地面を大きく蹴って距離を稼ぐと、直ぐに振り返りました。


「アデル君。やっぱり君は凄いな。以前よりも動きに磨きがかかっているんじゃないかい?」

「お褒め頂き光栄です。ですが、あれから数ヶ月経っていますからね。それだけの期間があって、何かを成す為の揺るがぬ意志があれば、この程度の成長は当然のことかと」


 瞳はレイに向けたまま逸らさず軽く一礼すると、彼はキョトンとしたような顔をして目を丸くしました。

 

「フッ、はははは! この程度の成長は当然ときたか。私達の年齢――いや、年齢は関係ないな。揺るがぬ意志、言葉にするのは簡単だが実際にそれを貫くことは難しい。それを当然と言ってしまえる君は、やはり凄いよ」

「恐れ入ります」


 相変わらずの高評価を私にくださいますが、目的と目標を明確にし、そこに到達するためには自分が何をすればよいのか、どの程度すればクリア出来るのか、といった進め方を予め決めておけば、そう難しいことではありません。

 努力すれば報われる、などとは言いませんが、何もしなければ結果は変わりませんからね。

 

「さて――とは言っても、君に勝たねば私も"青騎士"になることは出来ない。ここからは全力でいかせてもらう」


 その一言で空気が一変しました。

 先程まで笑みを浮かべていたレイの瞳は、まるで獲物を狙う猛獣のように鋭く、剥き出しの殺気がヒリヒリと肌に突き刺さる感覚に襲われます。

 レイの気迫に思わず一歩後退りそうになりますが、すんでのところで踏みとどまりました。


 ――ここで下がっているようでは、勝てるはずがないでしょう!

 自分で自分にげきを飛ばして剣を構えると、私も負けじとレイを睨みます。

 レイは一瞬ニヤリとすると、構えた"雷を切り裂く剣"を天にかざしました。

 一体何を――!


「――――『雷神宿りし千鳥タオゼントフォーゲル!』」


 レイが叫ぶと同時に、"雷を切り裂く剣"の刀身が放電したかのような青白い輝きを放ちました。

 これがレイの第二位階!?

 剣を握る手に力を込めて身構えると、突然レイの身体が目の前から姿を消しました。

 

 消えてなどいません! 己の感覚を信じ後ろに振り返ると、思い切り剣を振り下ろします。

 そこには私目掛けて真一文字に斬りつけるレイの姿が。

 私の剣とレイの剣が重なりあったその瞬間――。


「ぐあああああッ!?」


 身体中を突き抜ける電撃の衝撃に耐え切れなかった私は、思わず大声をあげてしまいました。

 くっ、この間合いは拙い、ですね……。

 レイから距離を取るべく、私は左手を前にかざします。


「『――――英雄達の幻燈投影!』」

「むっ!」


 レイを取り囲む炎の檻――"灼熱世界"が現れたのを確認した私は、少しでも距離を取ろうと後ろに下がりました。

 あの剣に触れないようにしないといけません。

 雷に打たれたことなど勿論ありませんが、きっと今受けた衝撃はそれに近いものがあるでしょう。

 意識を保てていますし身体も動きますから、落雷に匹敵するいうことはないでしょうが、何度も続けば立っていられる自信はありません。

 さて、どう対処すればよいでしょうか――。


「うおおおおおッ!」

「なっ!?」


 レイの大きな声の直後、彼を取り囲んでいた炎の壁が霧散していきます。

 馬鹿な……炎を切ったというのですかっ!?

 驚く私などお構いなしに、レイの鋭剣が迫ってきます。

 疾いッ――ですが、剣で防御しても同じこと。

 ならば――。

 眉間に向かって伸びる鋼の切っ先を、顔面串刺しにされる寸前で回避しました。

 そしてそれに被さる形で、クロスカウンター気味の一撃をレイの顔目掛けて放ちます。

 

「素晴らしい反応に見事な一撃だっ。だが、まだ甘い!」


 ですが、こちらの攻めは防がれてしまいました。

 鋭剣の柄を回して絡め取るように私の攻撃を防ぎつつ、レイは声を荒げます。


「ぐぅ――――ッ!?」


 剣全体が電撃を帯びていることもあり、再び私の身体に電撃が走ります。

 歯を食いしばり意識を保つと、レイの腹を左脚で咄嗟に蹴りつけ、反動を使って後方へ。

 ……やはり強い。

 レイに勝つには、全てを出しきる必要があります。

 違う異能を何度も発現したことはありませんでしたが、やってみるしかありません。

 眼前に迫り来るレイに向かって、私は声高に叫びました。


「『――――英雄達の幻燈投影!』」


 必殺の一撃を放つレイの攻撃は私に触れることはなく。


「くっ! ガウェイン君の『守護女神の盾アエギス』か!」

「まだですよっ! 『――――英雄達の幻燈投影!』」

「なんだとッ!?」


 続けて異能を発現した私の周囲に現れたのは、十一本の光の矢。

 レイに狙いを定めた矢は、規則正しく周囲を巡っています。

 様々な異能の連続発現に、目を見開くレイ。

 この場に留まるのは拙いと判断したのか、瞬時に後方へ飛び退けました。

 その着地点を狙って一斉に矢を放ちます。


「行きなさい――――"円卓の騎士"!」


 不可視となった十一本の矢が、レイに向かって放たれました。

 と、同時に私も"守護女神の盾"を解除し、地面を蹴りつけます。

 普通であれば目に映りませんし音もしないのですから、全て命中して試合終了となるでしょう。

 ですが、相手はレイです。

 "灼熱世界"の炎すら切り裂く彼の技量であれば――。


「目に見えない攻撃ならば、こうするまでだッ!」


 レイは剣を振りつつ、その場で猛回転し始めました。

 唸りをあげる回転は刃風となり、空を切り裂いているようです。

 次の瞬間には、無残に砕け散った矢が地面に転がり、光となって消え去りました。


「どうだ! ――――なっ!?」


 回転を止めたレイの瞳は、驚愕に満ちていました。

 それはそうでしょう。

 己の間合いに私が迫っていたのですから。

 私はレイの隙を衝き、彼の鳩尾を剣の柄で思い切り貫きました。


「ぐッ、がァ――!?」

「これで、終わりです!」

 

 よろめくレイに向かって、彼の右肩目掛けて刺突を繰り出します。


「ぐううッ!」


 レイの右肩を貫くと、痛みで剣を握っていることが出来なくなったのでしょう。

 右手から"雷を切り裂く剣"が、滑るように地面に落下します。

 レイ自身も右肩を抑えながら、ガクリと地面に崩れ落ちました。


 出来ることならもう少し穏便に他の場所を狙いたかったのですが、レイも全力でしたからね。

 それに、一つ間違えば敗れていたのは私の方かもしれなかったのですから……。

 王手ですと言わんばかりに、"正統なる王者の剣"をレイの眼前に突き出すと、彼は目を閉じて小さく呟きました。


「……私の、負けだ」

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