第55話 五騎士選抜編⑫

 シャルロッテによる、オルブライト国王が迎えに来るという爆弾発言から数日が経ちました。

 今私がいる場所は演習場。

 そう、"学園対抗戦"に出場するメンバー、つまり新たな"五騎士"を決める為の代表選考会がやってきたのです。

 シャルロッテ達がやってきてから慌ただしい日が続いていましたが、ようやくこの日を迎えることになりました。

 隣にいるリーゼロッテに目をやると、凛とした姿勢で中央に引かれた開始線を見つめています。

 いつも通りに見える彼女の姿を見て、私は周囲に気付かれぬ程度の小さな溜息を吐きます。


 ……一応は元に戻られたようですね。

 オルブライト国王がやって来ることに対して、かなり衝撃を受けられたようです。

 講義の間もボーッとして、ベアトリスの質問にも全く反応出来ていませんでしたし、手合わせの時間でも、あらぬ方向に異能を発現する始末。

 あのような状態のリーゼロッテは、私の知る限り初めてでした。

 何とか落ち着いていただこうと思った私は、できる限り一緒にいることを心がけ、専属執事バトラーの如くお世話をしたのですが、途中でエミリアに止められてしましました。


 なんでも「アデル君はやり過ぎよ!」とのことですが……先回りして扉を開ける、席に着く際に椅子を引く、喉が渇いていそうだと思ったらアデル特製ドリンクを差し出す、食事の際に食べやすいよう切り分ける、それを口まで運ぶくらいしかしていません。

 これでやり過ぎと言われるのは少々腑に落ちませんが、最終的にリーゼロッテからも「も、もう大丈夫だからッ」と真っ赤な顔をしながら言われてしまいましたからね。

 本人から大丈夫と言われればやめるしかありません。


 よくよく話を聞いてみると、オルブライト国王はリーゼロッテに会うたびに、かなり激しいスキンシップを取られるそうです。

 リーゼロッテは「面白い人ではあるのだけれど、我が強いというか、引くことを知らないというか、苦手なのよね……」と深い溜息を漏らしながら力なさげに話していました。

 後は私に会わせるのが不安だとも仰っていましたね。

 シュヴァルツといいリーゼロッテといい、オルブライト国王と面識のある二人から心配されると、流石に気になってしまいます。

 シャルロッテの帰国まで残り数日ですから、その件についても気を引き締める必要がありますが、今は目の前のことに集中しましょう。

 リーゼロッテの横顔を見ながら、私はそう決心を固めました。


「師匠!」

「アデル君」

「ガウェイン君に、エミリアさん」


 近づいてきた二人の方を振り返ると、リーゼロッテも同じようにガウェイン達に視線を向けます。

 私とリーゼロッテは手合わせ用の服を着ていますが、ガウェインとエミリアは着ていません。

 理由は簡単です。

 二人とも、今回の代表選考会には参加していません。


「お二人とも、本当に参加しないで良かったのですか? せっかくの機会ですし、ご自分の力がどこまで通用するのか、試してみるのも良いことだと思いますよ?」

「いえ、今回は師匠とリーゼロッテ様の応援に徹したいんです。それに、俺の第一位階では"五騎士"に相応しい力が備わっているとは思えません。来年までに第二位階を発現出来るようになっていれば、その時には参加しますよ。ですから精一杯応援します!」

「ガウェイン君……有難うございます」


 笑顔で応援すると言ってくれたガウェインに、同じく笑顔で礼を述べます。

 良い友人に恵まれました。

 その様子を見ていたエミリアも遅れて口を開きます。


「私も兄さんと同じ理由よ。後はそうね、実質二枠しかないのも理由かな」

「二枠……ああ、確かにそうですね」


 軽く両手を上げてぼやくエミリアを見やりながら、思わず苦笑してしまいました。

 今回、"五騎士"に君臨している"黒騎士"シュヴァルツ、"白騎士"ヴァイス、"紫騎士"リーラに挑む者はいません。

 手合わせの時点で、彼らには敵わないと誰もが理解しているからです。

 となると残る枠は"青騎士"と"赤騎士"の二つのみ。

 少ない枠に集中するかと思っていたのですが、参加者自体が私とリーゼロッテを含めて四人しかいませんでした。

 これほど参加者が少ないのは初めてのことだそうです。

 しかも、私ともう一人が"青騎士"を、リーゼロッテともう一人が"赤騎士"を希望した為に、今日の試合で新たな"五騎士"が決まります。

 

 こちらとしては一度の試合で終わるので助かりますが、何故こんなに参加者が少なかったのでしょう?

 ガウェインに聞いてみると意外な答えが返ってきました。


「もちろん師匠とリーゼロッテ様がいるからじゃないですか!」

「私とリーゼロッテ様がいるから、ですか? それはまた何故?」


 リーゼロッテについては何となく理解できます。

 この国の第一王女ですし、一年生で唯一の第二位階まで発現出来る能力者ですからね。

 上級生で第二位階を発現出来る生徒は当然いますが、彼女の立場や異能の相性を考えて引いたということでしょう。

 ですが私は別に――と考えて、ポンと掌を叩きます。

 そうですね、私の魔力は他のフィナール生の約十倍。

 異能を多く発現出来るということは、大きな優位性アドバンテージに繋がります。

 そのことを伝えると、三人とも目を丸くして呆れたような顔をしました。

 おや? 他に何か理由があったでしょうか?


「アデル君……貴方の異能そのものが規格外なのよ。だってそうでしょ? 相手や異能に触れなくてはならないという制約はあるけど、一人で複数の異能を発現出来るなんてずるいにも程があるわ」

「狡いとは酷い言われようですね……」

「事実だもの」

「…………」


 エミリアにハッキリと言い切られてしまった私は、それ以上言葉が出てきませんでした。

 隣に目を向けると、リーゼロッテも大きく頷いています。

 ガウェインだけは目をキラキラさせて「師匠は特別なんですよ!」と言っていましたが、フォローになっているのやらいないのやらよく分かりません。


「そんなアデル君が参加すると言っていたのだから、必然的に参加者が少なくなるのは当然のことなの」

「そうですか……ですが、それでしたら――」


 中央に目をやると、反対側の壁際で準備運動をしている長身の学生が見えます。

 彼こそが私と"青騎士"の座を争う対戦相手――レイ・アルヴァーンでした。


「ええ。レイ先輩は本気よ。少なくとも、以前手合わせした時と同じだと思わない方がいいでしょうね」

「もちろんですよ」


 私の視線に気づいたのか、レイもこちらを見ています。

 距離があるにもかかわらず、押し寄せてくる威圧感プレッシャー

 彼が並々ならぬ決意を持って臨まれていることが窺えます。

 前に私が手合わせした際は、第一位階しか使ってきていません。

 今回は恐らく第二位階を発現してくるでしょう。

 レイの第二位階を見たことは一度もありませんが、厄介だろうことは想像に難くありません。

 ですが私もあれから成長していますからね。

 負けるわけにはいきません。


「まずは"青騎士"を決める試合を行うのです! レイ君、アデル君。二人とも開始線まで来るのです!」

「「はいっ!」」


 審判役で中央へと来ていたソフィアの呼びかけに、私とレイは返事をして開始線に向かって歩き始めます。

 お互いが歩くたびに近づく二人の距離。

 開始線までたどり着くと、もう一度レイの顔を見ます。

 見た目そのままに鍛え抜かれた肉体は、まさに巌を彷彿とさせます。


「いつもならシュヴァルツに挑むんだが、今年で最後だからね。どうせ最後なら、シュヴァルツと一緒に"五騎士"として"学園対抗戦"に出るのも悪くない。それに、アデル君とはもう一度戦いたいと思っていた」


 笑顔で語りかけてくるレイ。

 先程まで感じた威圧感は一切感じられません。

 

「私もですよ、レイ先輩」

「――そうか。シュヴァルツ以外に君のような強敵と出会えたことを、神に感謝しよう」


 胸元で十字を切るような仕草をしたかと思うと、レイは臨戦態勢に入りました。

 と、同時にビリビリと肌を刺すような感覚に襲われます。

 くっ! これは――!

 レイの顔から笑顔は消え去り、私を正面から見据えています。

 負けじと汗ばむ手に力を込め直しました。

 私達の様子を見ていたソフィアが一つ頷き、口を開きます。


「二人とも気合は充分のようなのです。では――――試合開始なのです!」


 ソフィアの開始を告げる声が演習場内に響き渡りました。

 刹那、滑るような動きで、レイが一気に間合いを詰めます。

 ――異能を使ってこない!?

 想定外のことに驚き、懐まで侵入を許してしまった私に向けて、射るように繰り出されるレイの拳。

 急所を狙った必殺の一撃ではなく、牽制――私の動きを封じ、場を支配するための連続攻撃が繰り出されました。

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