第54話 五騎士選抜編⑪

「"国別異能対戦"か。確かに今年はオルブライト王国で開催されるが……何とも気の早い話だな」

「……シュヴァルツ先輩もそう思われますか」

「フフ、それは当然思うさ」


 午前の講義を終えて学食で昼食を摂った後、私はシュヴァルツに朝起こった出来事を説明しました。

 もちろん、話せば面倒になるであろう浴室でのことは抜きにして、ですが。

 シャルロッテの言動を見ているシュヴァルツならば、リーゼロッテ達ほど過剰な反応を見せることはないでしょうが、わざわざ吹聴ふいちょうして回るようなことではありませんからね。

 シュヴァルツは柔らかな笑みを湛えながら、僅かに頷いてみせました。


「シャルロッテ様が言っていたことを現実のものにするには、アデル君がいくつか乗り越えなければならないことがある。一つは新たな"五騎士"を選抜する為の代表選考会。まあ、今のアデル君ならきっとなれるだろう。――俺達の枠を狙っているのでなければ、だがね」


 今度は、一転して意地の悪い笑みを浮かべていますが、それが本気ではないことは承知しています。

 

「そうですね――シュヴァルツ先輩方に私の力がどれだけ通用するのか、試してみたい気持ちがない、とは申しません」

「ほう?」

「ですが、それは午後の手合わせの時間に胸をお借りすることは出来ますし、何より我が学園にとって益にならないことは、シュヴァルツ先輩も承知しておられるのでしょう?」


 学園内だけの称号であれば、シュヴァルツ達に挑んでみるのも面白いかもしれませんが、"五騎士"になって、はい終わりという訳ではないですからね。

 その後にまだ、"学園対抗戦"や"国別異能対戦"が控えているのです。

 わざわざ彼らに挑んだ場合、勝っても負けても戦力の低下は否めません。

 私の考えに同意するかのように、シュヴァルツが漆黒の髪を揺らしながら深く頷いてみせました。


「分かっているならいいんだ。――話を戻そう。"五騎士"になった後だが、今度は"学園対抗戦"で優勝しなくてはならない。優勝しなければ"国別異能対戦"の代表にはなり得ないのだからね。新人戦で何人か面白そうな子達が居たから、今年は一筋縄ではいかないかもしれないな」


 新人戦――リビエラやミネルヴァ達の顔が頭を過ぎります。

 あれから三ヶ月経ちますが、彼女達は元気にしているでしょうか。

 皆さん個性的な方達でしたし、代表に選ばれていなくともフィナール生であれば応援には来るはずですからね。

 再会を楽しみにしておきましょう。


「しかし、オルブライト国王か」

「シュヴァルツ先輩は、オルブライト国王がどのような方か知っておられるのですか?」


 眉を僅かにひそめるシュヴァルツの表情が気になり、即座に聞き返してしまいました。

 

「ああ、"国別異能対戦"は王族の方も来るからそれなりには。そうだな、端的に言うなら『変わった方』だな」

「『変わった』方……ですか?」


 シャルロッテを見ていれば何となく想像がつきますが、シュヴァルツの口からそのような言葉が出るのは珍しいですね。

 シュヴァルツは苦笑交じりに頷くと、軽く溜息を吐きました。


「そうだ。王族にあって王族らしからぬ考えを持った方とも言える。何度か言葉を交わす機会があったが、その時に言っていたのは『俺がやりたいようにやって、皆が楽しければそれでいい』――だ」


 ――確かに変わった御方のようです。

 シャルロッテが言っていた、やってから後悔せよに繋がるのでしょうが、少なくとも上に立つ人間の持つ思考からはかけ離れているのではないでしょうか?

 色々な人間のしがらみの中にあって、国というものは形成されているものとばかり思っていたのですが……。


「それでよく国が潰れませんね」

「フフ、好き放題しているように受け取れるかもしれないが、手腕は素晴らしいんだよ。王でありながら常に前線で指揮を取り、新しいものや自分が興味を持ったものに対しては積極的に取り入れる。世界中の王族と面識があり、お互いに好き放題意見をぶつけ合うほどの豪胆さ。徹底した実力主義者で、有能であればすねに傷を持った者だろうと積極的に採用する。そんなオルブライト国王を心酔する者は多い」

「なるほど……」


 圧倒的なカリスマを持った方ということですか。

 飛びぬけた才能というものは、集団を纏めあげる上でとても重要な要素です。

 王自らが前線に立つというのは、通常であれば考えられないことでしょう。

 しかも柔軟な発想もお持ちのようですし、だからこそシャルロッテの留学を快く承諾したのでしょうけど。

 そのような方が会うのを楽しみにされているとは……少々落ち着かないものがありますね。


「自分が認めた相手にはとことん詰め寄ってくるから、アデル君も気をつけたほうがいいぞ。俺も何度王国に来いと誘われたか……ハハ」


 ――これは珍しい。

 シュヴァルツが力なく笑う様など初めて見ました。

 いつも大胆不敵な笑みを浮かべて魔王ラスボスのような雰囲気を醸し出しているのですが、今は見る影もありません。


「何か変なことを考えていないか、アデル君」

「っ!? ……いえ、気のせいではありませんか」


 不意に何かを悟ったかのように目を細めて私を見る姿は、まさにいつも私が思い描いている通りのシュヴァルツです。

 今の方が彼らしいと感じるのは、今の生活に馴染んでいる証拠なのかもしれませんね。


「――まあいい。だが、くれぐれも気をつけたほうがいい。必ず勧誘されるだろうからね。ただ、君の場合は、リーゼロッテさんや他の者も黙っていないだろうが」

「リーゼロッテ様が、ですか?」


 何故、ここでリーゼロッテの名前が出てくるのでしょう?

 意味が分からず思わず首を傾げていると、唐突に背後から肩を掴まれました。

 何事かと驚いて振り返ると、そこにはリーゼロッテ達と何故か"アデル親衛隊"数人の姿が。

 肩を掴んでいるのは、当然リーゼロッテです。

 

「……アデル」

「はい?」

「貴方、叔父様の誘いに乗る気じゃないわよね? ね? 違うと言いなさいよおおおおっ!」


 私の両肩を掴み、思いきり前後に揺さぶりながら懇願するように語りかけるリーゼロッテ――おおっ、思いのほか頭に衝撃がきますね。

 どこまで私とシュヴァルツの話を聞いていたのか分かりませんが、少し取り乱し過ぎではないでしょうか。

 そもそも、まだ会ったこともなければ勧誘されると決まったわけでもないですし。

 ガウェイン、泣いていないで彼女を止めてください。

 エミリアや親衛隊の子達は、ウンウンと頷いているばかりで止めてくれそうにありませんし、シュヴァルツもさっきと打って変わって口に手を当てて笑いを堪えているかのような仕草を見せています。

 

「リ、リーゼロッテ様。落ち着いてください。私はどこにも行く気はありませんから」


 その言葉にピタッと手を止めるリーゼロッテ。

 

「……本当?」

「ええ、本当です。私の居場所は、リーゼロッテ様や皆さんの居るこの学園です。ですから、涙を流すのをお止め下さい」

「えっ! なんで――!?」


 気付いていなかったのですか……。

 リーゼロッテの蒼眼から、涙がとめどなく溢れていました。

 私は持っていたハンカチを取り出すと、彼女の瞳から頬を伝う涙を優しく拭き取ります。


「涙を流すほど心配していただき、有難うございます。――皆さんにも心配をおかけしたようで申し訳ございません。ですが先程も言った通り、私の居場所はここなのです。オルブライト王国に行くことはありませんので、どうかご安心ください」

「あうう……分かったわ」


 なるべく優しい声色を意識して、リーゼロッテと後ろにいる者達にそう告げると、彼女達は皆一様にホッとした表情を浮かべました。

 リーゼロッテの顔だけ若干赤く染まっているのが気がかりですが――とりあえず皆さん落ち着きを取り戻したようでなによりです。

 ん? 何故このような事態になったのでしたっけ?

 と、そこで新たに来訪者が。

 

「フハハ! アデルよ、ここにおったのか。ん? なんだ、リーゼ達も一緒か。ならば都合がよいな」

「都合がよいとは何のことでしょう?」


 ゼクスとノインを引き連れてやってきたシャルロッテの言葉に、私たちは皆きょとんとして顔をします。

 皆が揃っている方が都合がいいと言うくらいですから、何か大事な話だとは思うのですが。


「うむ! ついさっき王国から報せが届いてな。余が帰国する日に父様が迎えに来てくださるそうなのだ! フハハ! アデルよ、早々に父様に会えるぞ」

「はっ……?」

「――なっ、なんですってえええええ!?」


 目が点になる私の隣で、リーゼロッテの叫び声が木霊したのでした。

 オルブライト国王、国の頂点に立つ御方にしては、行動力があり過ぎはしませんか……。

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