第53話 五騎士選抜編⑩
「はあああああ!? 二人でお風呂に入ったですって!?」
「うむ! なかなか甘美なひとときであったぞ」
朝食の席で、シャルロッテが先程起こった出来事を告げると、それまで美しい所作で食事をしていたリーゼロッテは物凄い勢いで立ち上がり、王女にあるまじき絶叫をあげました。
「み、見たの……?」
「もちろんだ。上から下まで実に見事な肉体であったぞ。男の裸など初めて見たが、あれだけの鍛え抜かれた美しい身体は、きっと滅多におらぬであろう。無論、余の身体も余すところなく見られたがな」
「アデルの裸を、上から下まで……」
まるで、この世の終わりがきたかのような暗い表情になったリーゼロッテは、床に崩れ落ちてしまいましたが……少々誤解を招いてしまっているようですね。
周囲を見渡すと、ガウェインやエミリアも目を大きく見開いていますから、勘違いをしているのでしょう。
事情を知っているゼクスとノインは、我関せずといった風に、黙々と食事を続けていますが。
「リーゼロッテ様、一緒にお風呂に入ったというのは語弊がありまして」
「ぶひゃああああああ!」
席を立ち、床に手をついているリーゼロッテの傍へ近づき声をかけると、彼女は今までに聞いたことがないような奇声をあげて後ろに跳び退けました。
赤い顔をされていますし、大丈夫でしょうか。
「リーゼロッテ様?」
「…………大丈夫、よ」
「そうですか。では、何故横を向いて話をしているのでしょう? 私としては顔を見て話をしたいのですが」
リーゼロッテは私の顔を見ようとはせず、横を向いたままの状態です。
「……まともに顔なんて見られるわけないでしょう」
そう言って瞳を閉じて拗ねたような表情を見せるリーゼロッテ。
どうやら、恥ずかしくて私の顔が見れないようなのですが、はて?
私の裸を見たシャルロッテが恥ずかしがるのでしたらまだ分かります。
チラリと彼女の方を見ると恥ずかしがるどころか、満面の笑みで頷いていました。
まあ、裸を見て恥ずかしがるような淑女であれば、そもそも私の部屋に侵入して、全裸で待機しているはずなどないですからね。
っと、シャルロッテのことはさておいて、今はリーゼロッテでした。
横を向いているにもかかわらず一歩近づくと、一歩下がる彼女に向かって優しく話し掛けます。
「あまり口に出そうとは思いませんが、公国の第一王女の立場にある者としては、横を向いたまま会話をされるのは、礼を失した態度と受け取られかねないのではないでしょうか?」
「くっ……た、確かに……」
「もちろん、どうしても横を向いたままでなければ話ができないというのであれば、私はそれを尊重致します。ですが、聡明なリーゼロッテ様が他の者にそのように思われる可能性があること自体、私は残念なのです」
「……もう! 分かりました。これで、いいのでしょう」
何故かやたらと気合を入れた後、正面に向き直るリーゼロッテ。
顔色は未だ赤いようですが、表面上はいつもの彼女のようです。
両腕を組み、私を見つめています。
ホッ、これでようやくまともに話を聞いていただけそうですね。
「有難うございます。それでは話を戻しますが、私はシャルロッテ様と一緒にお風呂に入ってはおりません」
「えっ! でも、シャルは貴方と入ったって……」
「同じ浴室内に居たという意味ですよ。リーゼロッテ様達とランニングを済ませた後に汗を流そうと浴室の扉を開けたら」
「開けたら?」
「シャルロッテ様が湯船に浸かっていたのです」
「はあああああ!?」
先ほどと同じ絶叫をあげるリーゼロッテでしたが、顔をシャルロッテに向けてキッと睨みつけています。
「突然のことに驚いてしまった為、結果としてお互いの裸を見せ合う形となってしまいましたが、私は直ぐに浴室から出ましたので、一緒にお風呂に入ったというのは間違いです」
言葉だけみると只の言い訳にしか聞こえませんが、事実ですからね。
一緒に入った、というのは間違いなのですから、そこはキッパリと否定しておかねばなりません。
一緒にお風呂に入るという行為は、本当に愛し合う者同士でない限りしてはいけないと考えています。
どのみち学生の身分である以上、責任など取れないのですから、もし仮に誰かとお付き合いをすることになったとしても、年齢に合った清く正しいお付き合いをするつもりですが。
リーゼロッテは凄い勢いでシャルロッテに近づきます。
それはもう二人の顔がくっつくのではないかというほどまでに。
「シャル! 貴女ね、やっていいことと悪いことがあるでしょう!」
「うん? 何がだ、リーゼ?」
リーゼロッテの怒りの形相もなんのその。
シャルロッテは何故怒られているのか、全く理解出来ていないようです。
「何がって、アデルの部屋に勝手に侵入したどころか、浴室に裸でいるなんて……」
「風呂に入るのだ。服を着て入るほうがおかしいであろう」
「ああもう! そういうことを言っているんじゃないのよっ!」
常識というものを何とかして諭そうとするリーゼロッテでしたが、駄目なようです。
シャルロッテの鉄壁を突破することは出来ません。
「よいか、リーゼよ。好きな男が近くにいるのだぞ。その男のことを少しでも理解したいと思うのはおかしなことか?」
「そ、それは……」
シャルロッテの真剣な表情で語る姿に、リーゼロッテが思わず唸り声をあげます。
「余は知りたいぞ。余が好いた相手のことだからな。どんな些細なことでも構わぬから知っておきたい、理解したい。であるならば、身体の隅々まで見たいと思うのも当然のことであろう?」
「う、うーん……そう、かしら」
「なんだ、リーゼロッテは好きな男の裸が気にならぬのか?」
「わ、私!? 私は、その、別にアデルの裸なんて……」
シャルロッテからバッと跳び退けたかと思うと、今度はモジモジしだしたリーゼロッテ。
かと思えば、チラチラと私の顔を見てくるので微笑み返すと、目が合った瞬間に勢いよく顔を背けられてしまいました。
はて? 何故そこで私の名前が出てくるのでしょうか?
ああ、元婚約者だからかもしれませんね。
「フハハ! なんだ、リーゼも気になっておるのではないか。己の気持ちには正直になったほうがよいぞ。うむ! 余から一つ大切なことを教えてやろう」
「大切なこと?」
「そう、とても大切なことだ。人の命というものは長いように思うかもしれぬがその実とても短い。あれもしたい、これもしたいけどどうしよう、と悩むうちにあっという間に時間は過ぎてゆくのだ。そして気づけば何も出来ぬまま悔いだけが残る。そんな人生に一体何の価値があろうか? 否、断じてない! 一瞬一瞬を悔いなく生きるには己の気持ち、つまりは欲望から目を背けず、最後まで貫き通すことだ。出来る、出来ないは関係ないぞ。やらずに後悔するくらいなら、やってから後悔せよ」
ほう、この年齢でそこまでの考えに至っているとは大した御方です。
十代という年齢であれば、その時その時が楽しければ良い、と考えておられる方が多いのですが。
いえ、十代に限ったことではないかもしれませんね。
人間というものはどうしても楽な方へ楽な方へと向かうといいますか、逃げる習性があります。
わざわざ苦しいと分かっている道に進む方はいらっしゃいませんから。
ですが、シャルロッテの言葉はそれを真っ向から否定するものです。
考えとしては実に素晴らしい考えですし共感も覚えますが、彼女は持っている欲望に対して、抑えようという気がないのでしょうね。
「……やらずに後悔するくらいなやってから後悔せよ、ね。シャルにしてはいいことを言うじゃないの」
「フハハハ! 父様の受け売りよ。だが、真理であると余は常々思って行動しておる。父様もそれで母様を娶ったと仰っていたからな」
「ああ……」と、どこか納得したような顔をするリーゼロッテでしたが、なるほど。
シャルロッテの言動は、全て父親であるオルブライト国王の影響ですか。
お会いしてみたい気もしますが、かなり破天荒、いえ特殊な方だろうということは、シャルロッテを見れば簡単に予想がつきます。
「そうだ! アデルよ、一度オルブライト王国に来るといい。父様も会いたがっていたからな」
私の考えを読んでいたかのようなタイミングで話しかけてきましたね。
しかし、オルブライト国王が会いたがっているとは、一体?
「何で叔父様がアデルに会いたがっているのよ?」
実に良い質問です、リーゼロッテ。
「うむ! それはだな、父様に婿にしたい男が隣国にいるので留学したいと言ったからだ」
「「え……?」」
思わずリーゼロッテと声がハモってしまいましたが……シャルロッテは今なんと言いました?
「申し訳ございません、シャル様。もう一度仰っていただけませんか?」
「む? 聞こえにくかったか。婿にしたい男が隣国にいるので留学したいと父様に申し出たのだ。この婿にしたい男とは、つまりアデルのことだな、うむ!」
清々しい笑みで言い放つシャルロッテに、ゼクスとノイン以外の者達は口をあんぐりと開けてしまいました。
私も重い溜息を吐きます。
あまり認めたくはないのですが、これは結構な問題になってしまっているのではないでしょうか?
「シャルロッテ様のお願いに対して、お父上であるオルブライト国王様はなんと?」
「『ハハ! お前もそんなコトを言う歳になったか。よし! 行ってこい。そうだ、俺も一度会ってみたいから今度連れてきな』――と言われたな、うむ」
完全に思考がシャルロッテと似通っていますね……いえ、シャルロッテがオルブライト国王の影響を受けているのでしょうから当然ですか。
一国の主らしからぬ発言ですが、目の前のシャルロッテを見ていると違和感なく聞こえるので不思議です。
「申し訳ございませんが学生の身ですので、シャルロッテ様に同行するわけにはまいりませんよ?」
「心配せずともそれは分かっておる。余も無理やり連れて行くのは信条に反するのでな。そこでだ。確かすぐ"学園対抗戦"に向けた代表選考会を行うのであろう?」
「ええまぁ」
急に話が切り替わり、思わず首を傾げてしまいました。
代表選考会とオルブライト国王に会うことに何か関係でもあるのでしょうか?
「"学園対抗戦"は、なにも公国だけで行われているのではない。各国で開催されておるのだ。そして、優勝校は国の代表として"
「"国別異能対戦"ですか。ということは、もしや……」
なるほど、ここでオルブライト国王の話に繋がるというわけですね。
今までの話の流れから考えるに、"国別異能対戦"が開催される場所というのが恐らく――。
シャルロッテは一つ頷くと、左手を腰に当て右手を前に出すと、高らかにこう宣言したのです。
「うむ! 此度の"国別異能対戦"はオルブライト王国で行われるのだ! 父様が其方に会うのを楽しみにしておったぞ」
ああ、やはりですか。
彼女の華やかな笑みを見て、もう一度大きな溜息を吐くのでした。
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