第52話 五騎士選抜編⑨

 四人でのランニングを終え、自室へと戻った私は、首にかけたタオルで顔の汗を拭き取りながら、朝の出来事を思い出します。

 三ヶ月間、毎日走ってきた私と今日始めたばかりのリーゼロッテ達とでは、体力的な開きがあるのは当然のことですし、仕方の無いことではあるのですが……まさか一周することなく倒れてしまうとは思いませんでした。

 まあ、三人とも身体の線が細いですからね。

 それに、本格的に運動をするのはこれが初めてだと仰っていましたし。


 転生前の世界と違って、この世界では異能が日常的なものとして存在していることもあり、あまりスポーツは盛んではないようです。

 クラブ活動も異能の研究などの、所謂いわゆる文化系のクラブは幾つか存在しているものの、陸上競技や球技といった体育会系のクラブは、この学園には存在しません。

 不思議に思い、一度リーゼロッテに尋ねたことがありますが、「運動をするよりも、どう自分の異能を伸ばすかが大事なのよ」と呆れた顔で返されたことを覚えています。

 学園の理念である、来たるべき脅威に備えて英雄を育て上げる、その為にも自身の中にある異能の可能性を探求することは至極当然ではあるのですが、前の世界を知っている身とすれば、寂しいものがあります。


 これでも中学、高校、大学と陸上競技――特に走りを専門としていました。

 中でも高校と大学の時には、駅伝の選手として大きな大会で走ったこともありましたから、クラブ活動が無いと聞いた時は、何度も「本当にないのですか?」と、シュヴァルツに聞いたものです。

 よくよく話を聞くと、異能に特化した私達が通っている学校以外では、スポーツが盛んなところもあるそうですが、残念ながらプロ野球やプロサッカーはありません。

 四百年前、つまり"災厄"以前には、私が居た世界と似たようなプロスポーツ競技も存在していました。


 娯楽の一つとして大変役に立つと思うのですが、異能の方が視覚的に考えても派手であり、実際に異能者同士で試合を行う大会も存在しているとのこと。

 確かに異能者同士の戦いは、まさに‘剣と魔法’といった感じで、私もワクワクしてしまう部分もあります。

 平和であればあるほど、人は刺激を求めると言いますし、ソフィアのような回復系の異能者がいれば、よほどのことがない限り死人が出ることもありません。

 有名な大会になると、電磁テレビで中継するほどで、シュヴァルツによると世界大会もあり、大会の上位成績者には賞金や国からも高待遇で迎えていただけるとか。

 もしや学園対抗戦も中継されるのではと思い、シュヴァルツに尋ねると「それはないよ」と、仰っていましたが、決勝戦では公王様がお出でになり、優勝校の学生一人ひとりに直接お言葉を掛けられるそうです。


 リーゼロッテのお父上ですか――形としては私から婚約破棄を申し出はしましたが、それが違うことは王家も当然知っておられるでしょう。

 ですが、その原因を作ってしまったのはアデル自身です。

 出来ることなら直接お会いして謝罪したいところですが、それにはまず"五騎士"となり、更に学園対抗戦で優勝する必要がありますからね。

 シュヴァルツ、ヴァイス、リーラといった現"五騎士"は、何事もなければそのまま"五騎士"となるでしょう。

 新たに"五騎士"になるには、現"五騎士"に挑んで勝つか、空席となっている騎士を選ぶかの二択です。

 シュヴァルツ達に挑むような無謀……いえ、勇敢な学生はそうは居ないでしょうし、私ももちろん考えていません。


 となると、残りは二枠――"青騎士"と"赤騎士"ですか。

 恐らくフィナール生の殆どは参加するはずですから、彼らと争うことになりますね。

 ウルティモ以下の学生達にも当然、参加する権利はありますが、実際に参加したという学生はウルティモで数人現れるかどうかだそうです。

 異能はともかく魔力量で考えると、どうしても多い方が有利ですから仕方ありません。

 私も努力と鍛錬は積み重ねてきたつもりです。

 "五騎士"となれるよう、精一杯頑張ると致しましょう。


 決意を新たにしたところで時計に目をやると、いつもより時間が経っていました。

 おっと、急いで準備をしないと朝食の準備が遅れてしまいます。

 昨日は思いの外シャルロッテが喜んでくださいましたからね。

 今日は何を作りましょうか?

 おっと、まずはシャワーを浴びますか。

 汗もかいたことですし、さっぱりして身を清めるのが先でしょう。


 そう考えて、私は手早く脱衣所で汗を含んだ衣服を脱ぎ、下着も電磁洗濯機に放り込みます。

 そして風呂場へ入ったのですが……。


「――――」


 入った瞬間、湯船に浸かる裸の美少女と目が合いました。

 うん?

 気づかなかったフリをして、そっと扉を閉じます。

 おかしいですね。誰か人が居たような気がしましたが……。

 見間違いかと思い、もう一度ゆっくりと扉を開けます。


「フハハ、来るのが遅いではないか。危うくのぼせるところであったぞ」


 はて? 一体なんですかこれは。

 いえ、分かっているのです。

 分かってはいるのですが……何故私の部屋の風呂場にシャルロッテが?

 落ち着きましょう、全力で落ち着くのです。

 ハッ!? もしかして、私が間違えて女子寮に入ってしまった?

 

「何をしておる? ここは其方の部屋であり、其方の部屋に備え付けられた風呂場で間違いない」

「……そうですか」


 脱衣所に戻ろうとした私に、湯船に浸かった状態のシャルロッテが当たり前の言葉を口にします。

 良かった、やはりここは私の部屋で間違いないようです。

 って、いやいや違うでしょう!

 そうであるなら、何もかもがおかしいでしょう、これは。

 自室の風呂場に入ったら、シャルロッテがお湯が張られた浴槽から立ち上がっている展開も。

 出会って数日足らずの私に対して、当たり前のように全裸を晒し、しかも全く物怖じしていない彼女に釣られて反応できずに固まってしまっている私も。


 この場合、悲鳴を上げるべきは私でしょうか?

 ……止めておいた方が良さそうです。

 どう考えても私が責められる未来しか見えません。

 それにしても、服の上からではあまり気にしていませんでしたが、中々の体型スタイルの良さですね。

 ゼクスを一瞬で叩いた身のこなしといい、何か運動でもされているのでしょうか、無駄のない引き締まった全身はやはり女神のようで、って違います――!

 

「実に素晴らしい。見事な肉体だアデルよ。その美しい顔からは想像もつかないほど見事に割れた腹筋に、ピンと張った大腿筋。だからといって厚みのあるマッチョ体型かというと、そういうわけでもない。均整の取れた裸身であるぞ。よく鍛えこんでいるようで感心だ――うむ! 顔だけでも女性を魅了するだろうが、その肉体を見れば殆どの女性にとっては文句なく垂涎すいぜんものな仕上がりであろう。もちろん余も心からの賛辞を送ろう。良くやった」


 シャルロッテは、キラリという擬音が入るのではないかと思うほど爽やかな笑顔をして言い放ちました。

 右手を上げ、親指を立てるシャルロッテに、思わず立ちくらみをしたのは風呂場にいるからではないでしょう。

 お湯に入るどころかシャワーすら浴びていないのですから。


「……シャル様。貴女は一体何をしているのですか? ああ、ここが私の自室にある風呂場だというのは既に聞いたので、そこは答えていただかなくて結構です。私が申し上げたいのはただ一つ。隠してください。もしくは出て行ってください。貴女は王女で、目の前には私という異性がいるのですよ?」

「ふむ? 思ったよりも冷静であるな」


 いえ、これでもかなり動揺しています。


「なに、リーゼ達がこそこそと外へ出ていくのが見えたのでな。ノインに追わせてみれば、アデルと一緒に走っているというではないか。これは戻ったら必ずシャワーなり浴びるだろうと容易に想像がつくし、チャンスだと思ってな。少々悪いと思いつつ忍び込んだのだ、許せ。だが、余のような超絶美少女が、一糸纏わぬ姿で風呂場にいるのだぞ? 実に美味しい状況のはずなのだが……反応がないと傷ついてしまうぞ」


 なるほど、慌てていないわけです。

 ノインを使って確認させるとは、完全に狙って入ってきたということではないですか。

 しかし、普通に考えればシャルロッテも年頃の女性です。

 多少の恥じらいは見せてもよいのではと思うのですが……。


「どうだ余の裸は? 余は全てにおいて自信をもっておるし、この身体も同様だ。だが、同年代の男に裸を見せるのは初めてのことであるからな。アデルの意見も聞いておきたい。だから答えてくれぬか」


 ずいっとこちらに近づくシャルロッテ。

 深緑の瞳は好奇心に満ちたようにキラキラしており、恐らく私が答えない限り出て行ってはくれないでしょう。

 はあ、と一つ溜息を吐き、なるべく彼女の顔だけを見るよう意識を集中します。

 

「お綺麗ですよ。女神も頭を垂れるほど魅力的ですし、自信を持ってよいかと。これで宜しいでしょう。出て行ってはくださいませんか?」

「フハハハ! そうかそうか、うむ! 余の裸は魅力的か。うん? にしては其方、反応しておらぬようだが?」


 私の答えを聞き、満面の笑みを浮かべていたシャルロッテでしたが、一転して訝しげに目を細めたかと思うと、出て行くどころかとんでもない事を口にしました。

 このままではもっととんでもない言葉が彼女の口から出てくる気がします。

 そう感じた私は、クルリと身を反転させると脱衣場に戻りました。


「あっ!? アデルよ、まだ余の話は終わっておらぬぞっ」


 シャルロッテが何やら話しているようですが、今の状態は異常ですからね。

 最初から直ぐに戻っておけば良かったのです、何故今まで気づかなかったのか……。

 誰かに見られでもしたら、理由はどうあれ私の責任でしょう。

 シャワーは後で浴びるとして、まずはノイン――いえ、ゼクスを探さなくては。

 

 ――それから僅か数分後。

 部屋を出ると、目の前にニヤニヤした糸目の男性がおり「ウチの姫さんがえらいすまんなあ。で、どうやった?」と聞かれた私は、膝から崩れ落ちたのでした。

 もちろん、何も無かったと説明したのは言うまでもありません。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る