第51話 五騎士選抜編⑧

 その後――――。

 私の"魔力供給"によって回復したリーゼロッテ達は、ソフィア付き添いのもと、簡単な検査を受けることになりました。

 他人から魔力を供給されるなど、世界でも初めてのことだそうですから、当然のことでしょう。

 検査の結果は、三人とも異常なしで若干魔力の活性化が見受けられる、とのことでした。

 三人とも元気そうでしたし私自身、恐らく大丈夫だろうとは思っていましたが、異常が無いというソフィアの言葉にホッと胸を撫で下ろします。

 ですが――。


「ソフィア先生。魔力の活性化とは一体どのような現象でしょうか?」

「うーん、説明が難しいのですが、アデル君の魔力とリーゼロッテさん達の身体の中にある魔力が反応し合ったと言うのが一番しっくりくるのです」


 私の魔力と皆さんの魔力が反応し合った?

 ソフィアの言葉に、リーゼロッテ達も今いち理解しきれなかったようで、三人とも首を傾げています。

 そんな彼女たちの様子に、ソフィアが言葉を続けます。


「そうですねぇ。三人ともアデル君に魔力を分けてもらう前と後で変わったことはないのです?」

「そう言えば……今はそうでもないけど、分けてもらった直後は身体が軽くなったような気がします」

「俺もです」

「私もです」


 リーゼロッテの言葉に同意するように頷くガウェインとエミリア。

 エミリアに身体の状態を聞いた時に同じ言葉を口にしていましたが、三人ともですか。

 これがソフィアの言う、魔力の活性化に繋がっているのでしょうか?

 

「先生も魔力を回復させる異能なんて初めて見たのです。もっと大きなところで調べてみないと分からないのですが、先生の仮説として聞いてほしいのです」


 ソフィアの言葉に私達は揃って頷きました。

 彼女は「コホン」と一つ咳をすると、口を開きます。


「二つの異なる魔力が反応し合った結果、身体能力が一時的に向上したのです。今はそうでもないと言うことは、アデル君の魔力が皆さんの身体の中にある本来の魔力と馴染みつつある証ではないかと思うのです」

「つまりは私が異能を発現して魔力を供給すれば、一時的にですが能力向上ブーストするということでしょうか?」

「あくまで先生の仮説なのです。正しいとも間違っているとも言えないのです。ただ、その可能性はあるのではないか、と思っているのです」


 ソフィアの言葉に、リーゼロッテ達は目を丸くして驚いているようでした。

 ふむ。

 荒唐無稽なようにも思えるソフィアの仮説ですが、三人とも同じ回答をしている以上、あながち間違いとも言い切れませんね。

 "魔力供給"を行った直後は、異なる魔力が反応し合った直後――魔力が活性化している状態なので身体が軽くなり、現在は馴染んで落ち着いている為に、身体の軽さもさほど感じない、と。

 こうして順序立てて考えると、仮説どころかこれしかないような気がしてきました。


 ――ソフィアの仮説が正しいとするならば、なるべく発現は控えた方がよいかもしれません。

 例えば試合の前に使った場合、掛けられた相手は普段以上の力を発揮することになります。

 手合わせなどの練習形式での試合や、試合終了直後であればともかく、試合の前だと明らかな不正行為でしょう。

 よくバレなければ大丈夫、勝ちは勝ちなどと仰る方がいらっしゃいますが、私はそうは思いません。

 不正行為をして勝利を得たところで、その勝利に一体何の価値があるというのでしょうか。

 正々堂々と己の力のみで勝ち取ってこその勝利でしょう?


 いずれもっと別の場所で調べることになるでしょうが、最終的な結果がどうあれ、"魔力供給"の発現は気をつけるとしましょう。

 私自身の本心に嘘は吐きたくはないですからね。

 一人決意を固めているうちに、その日は解散となりました。





 ――翌朝。

 目を覚ました私は動きやすい服装に着替え、男子寮の外に出ると、軽くストレッチをして深呼吸します。

 山の中ということもあって辺りは静寂に包まれていました。

 新人戦が終わってからというもの、私は毎朝ランニングをするようにしています。

 異能を発現出来るようになったのだからもういいだろう、と満足するわけにはいきません。

 異能は確かに一撃必殺の力を秘めていますが、身体の基礎ができていなければ十全に使いこなすことは出来ないと考えています。


 単に走ること自体が好きだということもありますけどね。

 生涯の相棒である私自身の身体を意志と信念で操縦し、上手くいかなければ出来るまで鍛えて直す。

 最初は短い距離を走り、徐々に長く、そして楽々とこなせるようになっていった時の達成感は、堪らないものがあります。

 実際に足を動かし距離を踏破することで、現実に一歩一歩前進している感覚を味わえるのもランニングの魅力と言えるでしょう。


 学園の外周は約五キロメートルほどであり、毎朝二周してから寮に戻るようにしていました。

 既に三ヶ月以上続けている今の私であれば、もっと長い距離でもいけるでしょうが、登校前にこなすというのは時間的な問題もありますから、この距離から更に伸ばすつもりはありません。


「さて、行きますか」


 誰に聞かせるでもなく呟いてから、ランニングを開始しようとしたその時。

 

「アデルっ!」


 振り返ると、そこにはリーゼロッテとエミリア、そしてガウェインがいました。

 三人とも私と同じように動きやすい服装に着替えており、リーゼロッテは長い髪を髪留めで纏めています。

 

「お早うございます。皆さん、こんな朝早くにどうされたのですか?」


 まあ、聞かなくても返ってくる答えは何となく想像がつくのですが。


「私たちもアデルのランニングについて行ってもいいかしら?」

「「お願いします!」」


 リーゼロッテの口から思っていた通りの言葉が出たかと思うと、続けてエミリアとガウェインが勢いよく頭を下げてきました。

 三人とも真剣な表情で私を見つめています。

 ふむ、一緒に走りたいというのは良い心がけですし構わないのですが、一つ疑問が残りますね。


「一緒に走ること自体は構いませんが、私がこの時間にランニングをしていると何故知っていらっしゃるのでしょう? 誰にもお話した覚えはないはずですが?」


 にもかかわらず、目の前の三人は示し合わせたかのように出発前のこのタイミングで話しかけてきました。

 一体どうやって知ったというのでしょう?


「俺は師匠の隣の部屋なんですが、いつもこの時間帯に師匠の部屋の扉が開く音が聞こえるんです。で、何かと思って窓越しにこっそり覗いたら、師匠が門に向かって走っているじゃないですか。それから暫くしたら今度は走りながら戻ってくる姿が見えるんですよ。となると、考えられるのは一つ。師匠は毎朝この時間に走っておられるに違いない、と」

「そ、そうですか」


 自信たっぷりで言い切ったガウェインに、思わず顔が引きつりました。

 彼の予想は確かに当たっています。

 ――早朝ということもあり、男子寮内では殆ど音を立てずに外へ出ていたつもりだったのですが、その僅かな音に気付くとは……何とも鋭い感覚を持っていますね。

 

「ガウェインからアデルがランニングをしている話を聞いたのは昨日の夜よ。その話を聞いて、私たちも身体を鍛えなきゃって思ったの」


 リーゼロッテの言葉に合わせるように二人が頷きます。

 昨日の夜に話を聞いて、直ぐ行動に移す理由として考えられるとすればあのこと・・・・ですか。


「――シャル様、ですか?」

「……そうよ。身体を鍛えるなんて、シャルの異能の前では無駄な努力かもしれない。でも可能性はゼロじゃないわ。なら、諦めて立ち止まるわけにはいかないの。ほんの少しでもいいから絶えざる歩みで一途に、一心に前を見て歩き続ける私でありたい。――できなかったと、やろうとさえしなかったは違うのよ」


 ほう、良い目をしていますね。

 新人戦や今回の手合わせといい、自分と同等か格上の相手と対戦したことで、リーゼロッテも思うところがあったのでしょう。

 特にシャルロッテとは、三人掛かりで負けてしまったのですから無理もありません。

 明らかに何か覚悟を決めた表情で私を見ています。

 当然、残る二人も。

 思わず応援したくなる、やる気に満ち溢れた本当に良い目です。


「分かりました。私と一緒に走りましょう」


 リーゼロッテ達は一様に笑みを浮かべています。

 最初から断る気などありませんでしたが、三人の顔を見て認識を改めました。

 どこまでお役に立てるか分かりませんが、私を頼ってくださった以上、最後まで力になりましょう。

 

「さて、ではどこまで鍛えましょうか。最終的に今の私くらいの体力は身につけていただくとして――――いきなり二周はキツいでしょうから、まずは一周してみましょう」

「ええ!」

「分かったわ」

「分かりました!」


 三人が元気よく頷く姿を確認した私は、今度こそランニングを開始しました。



 ――その後。

 半周を超えたあたりでリーゼロッテ達は、息を切らしながら「も、もう無理……」と、地面に倒れこんでしまいました。

 皆さんが一緒なので、いつもよりペースを落として走ったのですが……。

 これは三人に合わせた計画表を作成する必要がありそうですね。

 未だ地面に倒れこむ三人に、持っていたタオルと水を手渡しながら、頭の中で考えるのでした。

 

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