第50話 五騎士選抜編⑦

 ガウェインから私への称賛の言葉が落ち着いたところで、エミリアへと視線を向けました。

 意識が戻ったことですし問題ないとは思うのですが、念のため聞いておかねばならないことがあったからです。


「エミリアさん、気分は如何ですか? 例えば、どこかいつもと変わったところはありませんか?」

「え? んー……そうね、特に気持ち悪いって感じはしないかな。むしろ手合わせの前よりも身体が軽いような気がするわ」

「それを聞いて安心しました。しかし、身体が軽くなったような気がする、ですか」


 魔力と一口に言っても、個人個人で何かしらの特徴があるのではないか、魔力量が豊富だからと安易に私の魔力を供給したものの、そのことでエミリアの身に何か異変は起きないか心配したのですが……どうやら杞憂だったようで安心しました。

 エミリアの言葉を聞いたガウェインは、また大粒の涙を零しながら「良かった……本当に良かった」と、何度も頷いています。


 私としても友人であるエミリアが元気になって嬉しいのですが、身体が軽くなったような気がするというのが少々気になりますね。

 恐らく、私が供給した魔力が影響しているのでしょうが、ここでは詳しい事は分かりません。

 学園に魔力量を調べる設備はありますが、魔力の性質や状態を調べる設備というものは聞いたことがありませんからね。

 ですが、異能を発現する者が現れてから約四百年も経過しているのです。

 異能はもちろん。魔力についての研究も行われているでしょうから、きっとそういった設備もどこかにあるはず。

 ベアトリスなら詳しいでしょうし、今度尋ねてみましょう。

 一旦思考を止め、エミリアに近づきます。


「立てますか?」


 地面に座ったままのエミリアに向かって手を差し伸べました。

 一瞬、何のことか分からない様子の彼女でしたが、直ぐに立ち上がらせる為だと気づいたようで、私の手を取ります。

 

「ええ、大丈夫よ。有難う、アデル君」

「いえいえ、お気になさらずに。さて、ガウェイン君も立てますか?」

「だ、大丈夫です! 一人で立てます! あれ……?」


 一人で立ち上がろうとするガウェインですが、膝に力が入らないのか中々立ち上がることが出来ません。

 それだけ魔力の消耗が激しいということでしょう。

 無理はよくありません。

 私はガウェインの手を取ると、"魔力供給"を発現します。


「おぉ! これはッ!? 師匠、有難うございます!」


 ガウェインは一人で立ち上がると、私に勢いよく頭を下げて礼を述べました。

 先程までが嘘のような動きです。

 初めて目の当たりにしたエミリアは、驚きからでしょうか、目を大きく見開いていました。

 

「アデル君、それは……?」

「エミリア! 師匠は自分の魔力を俺に分けてくださったんだ」

「魔力を分ける? そ、そんなことが可能なの?」

「可能もなにも今お前が目にした通りだよ。おかげで俺の魔力は回復したし、エミリア。お前の魔力だって師匠のおかげで回復したんだぞ」

「わ、私も?」


 こちらを凝視するエミリアに向けてニコリと笑みを浮かべ、肯定の意味を込めて頷きます。


「エミリアさん、信じられないかもしれませんが本当のことです」

「今の兄さんの様子を見たら本当だと思うわ。でも、アデル君のそれは……」


 と、そこで言いよどむエミリア。

 はて? 何か言いにくいことでもあるのでしょうか?


「エミリア、何を気にすることがある? 師匠のおかげで俺達は元気になったんだぞ!」

「兄さん。兄さんは分からないの? アデル君が何をしたのかを」

「分かっているとも! 新たな異能を発現したことで、師匠の魔力を俺たちに分けてくださったんだろう?」

「そこまで分かっていながら気づかないなんて……やっぱり兄さんは馬鹿ね、ハァ……」

「いきなりディスられた!?」


 ガウェインに向かって呆れたような顔をしながら大きな溜息を吐くエミリア。

 うん? 確かに都合が良すぎる気もしますが、私が新たな異能を発現したのがそんなにおかしなことなのでしょうか?

 首を傾げていると、後ろから近づく二つの足音。

 振り返るとシュヴァルツとシャルロッテがいました。

 二人とも何故か好奇心に満ちた瞳を私に向けています。


「アデルよ。其方が使ったのは異能で間違いないな?」

「ええ、そのはずですが、それが何か?」


 肯定すると、「フハハ、やはりそうかっ!」と言って何度も頷くシャルロッテですが、何と申しますか怖いですね……。

 

「アデル君。その異能だが、もう一度使ってみてくれないか? リーゼロッテさんがまだ立ち上がれないようだしね」

「え、ええ。元々そのつもりでしたし構いませんよ」


 シュヴァルツに言われる前からエミリアとガウェインに魔力を供給している以上、リーゼロッテにも行うつもりでした。

 リーゼロッテを見ると、ガウェインの時と同様に何度も立ち上がろうと頑張っているようですが、やはり一人では無理なのでしょう。

 悔しそうな表情を浮かべていますが、彼女も魔力をギリギリまで消費しているのですから仕方ありません。

 すぐ傍まで近づくと跪き、リーゼロッテの両手を優しく握り締めます。


「リーゼロッテ様。身体の力を抜いて楽にしてください。初めて経験されることかと思いますが大丈夫です。痛みなど一つもありませんから。優しくしますので安心してその身を私に委ねてください」

「は、初めての経験!? それに優しくって……」


 先程まで悔しそうな顔をしていたリーゼロッテですが、今は真っ赤な顔をして俯いてしまいました。

 「初めて……優しく……アデルに身を委ねる……」と、何度も呟いています。

 うーん……他人の魔力を供給されるなど初めてのことでしょうから、少しでも気持ちを落ち着かせようと思っての発言だったのですが、却って緊張させてしまったようですね。

 いくつ年を重ねても言葉というものは難しいです。


 私の後ろではシュヴァルツが含み笑いを浮かべており、シャルロッテは「分かる、分かるぞリーゼ」としきりに頷いていました。

 このままというわけにはいきませんし、早いこと済ませてしまいましょう。

 二人の時と同じように"魔力供給"を発現させて、リーゼロッテに魔力を流し込みます。

 俯いていた顔をバッと上げて驚いた顔をするリーゼロッテ。

 彼女もこれで大丈夫でしょう。


 ――――ふぅ。

 少々気怠さを感じますね。

 いくら魔力が多いといっても、いきなり三人分の魔力を回復させる行為は堪えたようです。

 身体の重さを感じつつも、ゆっくりと立ち上がります。

 もちろん、リーゼロッテも起き上がらせることを忘れずに。


「これで宜しいでしょうか?」


 振り返りシュヴァルツに告げると、彼は柔和な笑みを浮かべて頷きました。


「ああ、有難う。――やはり君は興味深いな、アデル君」

「うむ! 実に興味深い。本来であれば有り得ぬことだぞ、アデルよ」


 二人揃って私を興味深いと言いますが、一体何が興味深いと言うのでしょうか?

 考えられるとすれば――。


「興味深いと仰いますが、魔力を供給する異能に対してでしょうか?」

「それも確かに興味深いことの一つではあるね。なにしろ、己の魔力を他人に分け与えるなどと考える者がいるとは思いもしなかった。我々の魔力量は少なく限られているからね。アデル君ならでは発想と言えるだろう。だが、真に興味深いのはもっと別のところにある」


 ふむ、違いましたか。

 であるならば、他に思いつくことが見当たらないのですが……。

 シュヴァルツは目を細めながら話を続けます。


「いいかい? アデル君が発現した新たな異能――『魔力供給』だったか。この異能だが第一位階である可能性が非常に高い。というか、それしか考えられない」

「は? 『魔力供給』が第一位階ですか? 第二位階ではなく?」

「そうだ。前にも説明したかもしれないが、異能は順序を踏んで発現していく。第一位階から第二位階、第二位階から第三位階へとね。その際だが、必ず前の異能を発現した状態で無ければ次の位階の異能は発現しないし、出来ない」


 シュヴァルツの言葉に驚きを隠せません。

 確かに"魔力供給"を発現させる前に、"英雄達の幻燈投影"は発現させていませんから、彼の言葉は正しいのでしょう。

 ですが――。


「ですが、シュヴァルツ先輩。複数の第一位階を発現することなどあり得るのですか?」


 異能は人の想いをカタチにしたものです。

 一人に一つだけのものかと思っていたのですが、そうではないということでしょうか。


「だから興味深いんだよ。俺の知る限り、一人の人間が複数の第一位階を発現したなど初めて聞く。まさに神が与えた奇跡ヴンダーと言えるだろう」

「神が与えた奇跡……」


 深い笑みを湛えながら告げるシュヴァルツの言葉に、あの方の顔が頭を過ぎります。

 もしや、神様がくださったプレゼントとはこのことでしょうか?

 他に考えられる理由が無い以上、神様のおかげということになります。

 ――神様、有難うございます。

 おかげで私の大切な者たちを救うことが出来ました。

 神様のもとに届きますようにと、心の中で祈りを捧げます。


「フハハ! 良い、良いぞ! 世界最高の魔力量を誇り、複数の第一位階を発現出来る。料理も一通りこなし周囲に気を配ることもでき、何よりも余の好みの顔。これほど余に相応しい相手は他におらぬ!」

「なっ!? シャル、貴女の好きにはさせないわよっ」


 神様に祈りを捧げている間に、シャルロッテとリーゼロッテが睨み合いを始めてしまいました。

 かと思えば、二人して私の両腕を引っ張り始める始末。

 ああ、そんな風にギュッと抱きつくようにしたら、当たってしまうのですが……。

 表情を見るに、シャルロッテは分かってやっているようですが、リーゼロッテは気付いていない様子。

 シュヴァルツは――苦笑しているだけで助けてくれそうにありませんし、ゼクスやノインも同じようです。


 さて、リーゼロッテが気づいた時に、どのような言葉をかければ落ち着いて話を聞いて頂けるでしょうか?

 私の腕に抱きつく彼女を見ながら、気付かれぬように小さく溜息をつくのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る