第49話 五騎士選抜編⑥

「シャルロッテさんの勝利なのです!」


 手を上げて叫ぶソフィアの声が演習場内に響き渡ります。

 勝利を告げられたシャルロッテは「うむ!」と一つ頷くと、右手を前に突き出し、右に向かって水平に振りました。

 直後、演習場内に出現していた数多くの赤い薔薇の花弁が、一斉に舞い上がります。

 ただでさえ濃厚だった薔薇の香りが更に広がり、空中をヒラヒラと舞う様子は幻想的で、その美しい光景に私はもちろん、他の誰もが目を奪われていました。

 続けて、シャルロッテが右手を元の位置まで戻すと、空中を待っていた薔薇の花弁も、地面に残っていた茎も全て一瞬にして消え去ります。


 演習場が元に戻ったことで、シャルロッテの"絶対なる王の領域"の効果が切れたのでしょう。

 リーゼロッテとガウェインの二人は、明らかに安堵したような顔を見せています。

 しかし、一人で立っていることが出来なくなったのか、リーゼロッテはその場に座り込み、ガウェインも"守護女神の盾"を解除すると、大の字になって後ろに倒れました。


 ――そう言えば以前受けた講義の中で、体内の魔力が枯渇すると身体機能がいちじるしく低下する、とベアトリスが仰っていましたね。

 であれば、リーゼロッテ達が倒れこむのも仕方の無いことでしょう。

 直接的な戦闘は殆どなかったにせよ、シャルロッテの異能の効果で三人の魔力は殆ど残っていない――――いえ! そういえばエミリアは"王に捧げし必中の弓"を何回使っていましたか?

 私が見ていた限り、少なくとも四回以上は使用していたはずです。

 崩れ落ちたのもエミリアが最初でしたし、もし魔力が枯渇していたとすれば、彼女の身体にどんな影響を及ぼすか。

 視線をエミリアに向けようとしたその時。


「エミリア! おい、しっかりするんだっ!」


 その声はガウェインのものでした。

 大の字になっていた彼は、ずっと反応のないエミリアを不安に思ったのでしょう。

 肩を抱き何度も呼びかけていますが、彼女の反応は一切なく、身体にも力が感じられません。

 リーゼロッテも心配そうな眼差しを向けていますが、"灼熱の紅炎"も使用したことであまり魔力が残っていないのでしょう、一歩も動くことが出来ないようです。

 私はいつの間にかソフィアに向かって走り出していました。


「ソフィア先生。先生の『女神の癒し手パナケア』で何とかなりませんか?」

「残念なのですが、私の異能では怪我や病気といった症状は癒すことが出来ても、魔力の枯渇は癒すことが出来ないのです……」

「そうでしたか」


 ソフィアの異能であればもしかすると、と思って訊ねてみたのですが無理ですか……。

 悔しそうな顔をしてエミリアを見つめるソフィア。

 彼女も辛いのでしょう。

 瞳は涙を滲ませ、小さな身体は小刻みに震わせており、両手も拳を作ってきつく握りしめています。

 ソフィアが無理であるならば次は――。

 

「シャル様。貴女の『絶対なる王の領域』で奪い取った魔力を戻してあげることは出来ませんか?」

「アデルよ。余の『絶対なる王の領域』は、余を守ることを第一に考えて発現させた異能だ。すまぬが奪うことは出来ても戻すことは出来ぬのだ」


 先程までの自信に満ちた笑みから一転、眉を下げて申し訳なさそうな顔をしながら「すまぬ」と謝るシャルロッテに、私は「顔をお上げください」と言うしかありませんでした。

 こちらも無理ですか……。

 確かに彼女の異能は、"奪う"と自身を"守る"ことに特化しているようですし、誰かに与えるということは性質上、難しそうですね。

 

 打つ手なし、ということでしょうか。

 死に至ることはないと講義では聞いていますが、ガウェインを見ると何ともいたたまれない気持ちになります。


「うおおお! エミリア、我が妹よッ! 頼む、返事をしてくれ! ……頼むから、クッ」


 目に大粒の涙を浮かべ、悲痛な叫び声を上げながらエミリアを抱きしめるガウェインの姿に、頭の奥底に眠る古い記憶が呼び起こされていくのを感じます。

 物言わぬ存在となってしまったあの人を抱きしめ、ただ泣き叫ぶ私。

 もう二度と会えなくなってしまったことへの悲しみと、どうすることも出来なかった己の無力さに対する怒りが入り混じったあの時のことを。


 ――私はまたどうすることも出来ないのですか?

 こんなにも悲しんでいるガウェインを見て、私は何も出来ない?

 私は――――私は誰も悲しませたくありません。

 少なくとも、私の目が届く範囲の人達だけでも守りたいのです。

 皆にはいつも笑っていて欲しい、喜んで欲しい。

 あの時の私が受けた悲しい思いを、誰にもして欲しくないのです……。


 考えるのです、アデル紳士

 ガウェインの悲しみを止める手立ては唯一つ。

 それは原因となっている、エミリアの枯渇した魔力を回復することですが、ソフィアにもシャルロッテにも他の誰にも出来ません。

 そもそも、回復させるにしても魔力が必要になるはずですし、一個人で魔力に余裕がある人間など……ん?


 私ならばどうでしょう? 私の魔力は確か百。

 エミリアのおよそ十倍ですから回復させるには十分な魔力量ですし、多少分けたところで、私自身の魔力が枯渇することもありません。

 いえ、待って下さい、魔力が多いだけではどうすることも出来ないではありませんか。

 私の"英雄達の幻燈投影ファンタズマゴリー"は、異能を再現することしか出来ないのですから。


 うーむ、やはりどうすることも出来ないのでしょうか。

 喉の辺りまで答えが出かかっているような気がするのですが……。

 と、悩む私に近づく者が。


「どうしたのだ、アデル。何をそんなに考え込んでおる」

「シャルロッテ様」


 声を掛けてきたのはシャルロッテでした。

 ずっと私が何も喋らず黙っていたので、心配してくださったようです。

 シャルロッテに「お気遣い有難うございます」と一礼して顔を上げたところで、ある一つの可能性を思いつきました。


 ――そうです。

 シャルロッテの異能は、薔薇に触れた者の魔力を強制的に奪い取るといったものでした。

 であるならば、逆のことをすれば魔力を供給出来るのではないでしょうか?

 対象に触れる事で魔力を流し込む。

 "英雄達の幻燈投影"で対象の異能を読み取る際に感じる、あの感覚と逆のことを魔力で出来れば――いいえ、違いましたね。

 出来れば、ではなくやるのです。

 決意を固めた私はガウェインに近づきます。

 

「……師匠?」


 相当泣いたのでしょう。

 涙こそ収まっているものの、私を見上げる彼の目は真っ赤に腫れ上がっていました。

 

「ガウェイン君、私に任せてくれませんか?」


 真っ直ぐガウェインの顔を見ながらそう告げると、彼は私の顔とエミリアの顔を何度も見ていましたが、やがて「分かりました、お任せします」と言って、エミリアを私に預けてくれました。

 今も不安でいっぱいでしょうに、「師匠のすることに間違いはありませんから」と言って、気丈にも笑みを浮かべるガウェインに私の心は締め付けられます。

 エミリアを優しく地面にそっと寝かせ、彼女の両手を握りました。


「有難うございます、必ず救ってみせます」


 エミリアの両手を握り締めたまま瞳を閉じます。

 ――私の中にある魔力よ。

 私の大切な人達の笑顔を守る為に、成すべきことを為すだけの能力チカラを私に。

 学園長が仰ったように、異能に私達の知らない可能性が秘められているのであれば、私はそれに賭けたいのです!


 手に力を込めて願った瞬間、"英雄達の幻燈投影"の時と同じく、頭にある言葉が浮かび上がってきました。

 ということは――分かりました、この言葉で良いのですね。

 ゆっくり目を開けると、浮かんだ言葉を口にします。


「『――――魔力供給エイル』」

 

 詠唱と同時に、エミリアの身体が眩い光に包まれました。

 私の魔力が握りしめている手を介して、エミリアへと供給されていくのを感じます。

 これが、魔力が抜けていく感覚ですか……ちょっとした脱力感がありますね。

 時間にして十秒ほどでしょうか。

 エミリアを包んでいた光が収まりました。

 "魔力供給"が完了したということでしょう。

 彼女の顔に赤みが差してきたような気がします。


「……ん」

「ッ!? エミリアっ」

「兄さん……? それにアデル君も。あれ? 確か兄さん達と一緒に手合わせを……」

「それならもう終わったからッ! 終わったからいいんだ……」

「ちょ、ちょっと兄さん。急に抱きつかれたら恥ずかしいんだけど」

「今だけだから気にしないでくれ!」

「何なの、もう。おかしな兄さん……」


 恥ずかしそうにしているエミリアですが、ガウェインの真剣な表情に観念したのか、大人しく抱きしめられています。

 何だか嬉しそうな気がするのは、きっと気のせいではないでしょう。


 それにしても、どうやら成功したようですね。

 まさか、本当に出来るとは思いもしませんでしたが、人間その気になれば何でも出来るものです。

 そんなことを考えていたら、エミリアを抱きしめていたガウェインが私の方に向き直りました。


「師匠! 本当に有難うございました! やっぱり師匠は最高です……このガウェイン・ボードウィル、師匠に一生ついていきますっ」


 地面に擦りつけるようにして頭を下げるガウェインの姿に、思わず笑みが零れます。

 口調といい態度といい、いつものガウェインだったからです。

 頭を上げた彼の顔は、私と同じように笑顔で溢れていました。

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