第48話 五騎士選抜編⑤
「うむ! 炎の壁で余を包囲することで動きを制限し、自分達は盾で守りつつ矢による遠距離攻撃か……攻防バランスの取れた見事な組み合わせではないか、リーゼ」
開始の合図と同時に、リーゼロッテが放った"灼熱世界"によって囲まれたシャルロッテ。
ガウェインの"守護女神の盾"はどんな攻撃からも守る事が出来るよう、三人の前に展開していました。
"王に捧げし必中の弓"により発現した十一本の矢は、エミリアの周囲を規則正しく巡っており、いつでも発射可能な状態にあります。
シャルロッテからすれば完全に先手を取られた、いえ――むしろ"詰みの状態"と言った方が正しいかもしれませんね。
にもかかわらず、彼女の美しい深緑の瞳に怯えといったものは全く感じられません。
それどころか、むしろ面白がっているような口ぶりで、笑みさえ浮かべています。
「褒めても何も出ないわよ、シャル。でもそうね、今直ぐ降参するなら、異能を解除してあげてもいいわよ」
「フハハ、何を言っておるのだリーゼ。始まったばかりで降参するはずがなかろう。それに、だ。確かに見事ではあるが、だからといって余に通じるとは一言も言っておらぬ」
「なんですって……!」
何ともまあ、上から目線で話をするのですね。それに……。
窮地に立たされているとは思えないほど、シャルロッテは余裕のある態度を見せていました。
反対に、追い詰めている側であるはずのリーゼロッテ達が焦っているように見えます。
「うむ、分かるぞ。其方達の焦り、困惑。そのような気持ちを持ったまま余の前に立っている。ならば一つ、真理を教えてやろう。強者とは、何があろうとも揺らいだりはせぬ。其方らが今抱いている感情は弱者が持つものだ。強者たる余が弱者に負ける道理はない」
「言ってくれるわねっ! じゃあ、シャル。貴女はこの状況を覆せるとでも言うの?」
リーゼロッテが氷の、というよりも鋼のように無機質な眼差しをシャルロッテに向けていますが、当の本人は浮かべていた笑みを更に深めるようにして頷きました。
「うむ! 余の異能は何人にも侵されぬ絶対なる力。リーゼよ、その目に焼き付けるがいいぞ! 『――――
くっ、眩しい――!
シャルロッテが手を振りかざした瞬間、演習場が眩い光に包まれ、思わず目を閉じます。
と、同時に鼻腔をくすぐる匂いが。
次に目を開いた時に最初に映ったものは――
中央では、シャルロッテを中心に鮮やかな赤い薔薇で埋め尽くされていました。
範囲はリーゼロッテ達の足元にまで及んでおり、辺りに充ちた芳香でむせ返るほどです。
私の足元近くまで咲いており、どう見ても本物にしか見えません。
これがシャルロッテの異能だとすると、薔薇自体に何かしらの効果があるということでしょうか?
直接触れてみないと分かりませんね。
そう思って手を近づけようとすると――。
「やめとき。アデル君まで
私の肩に手をかけて止めたのは、ゼクスでした。
「奪われる、ですか?」
「そうや。まあ見てれば直ぐに分かるわ。とりあえず、もうちょい下がっとこうか」
ゼクスから後ろに下がるように促された私は、大人しく彼に従って壁際まで下がります。
赤い薔薇は、見えるだけでも数十メートルに渡って広がっており、誰もがそのまま圧倒されかねない程のものでした。
「どうだ、余の『絶対なる王の領域』は。美しいであろう」
満足そうな笑みを浮かべるシャルロッテは、辺りに咲き誇る薔薇を指差しながら、リーゼロッテ達に問いかけています。
「……確かに綺麗だと思うけど、こんな薔薇で私達に勝てるって言うの?」
「うむ、当然だ!」
大きな頷きを見せるシャルロッテの顔は自信に満ち溢れており、自分が負けるなどとは微塵も思っていないようです。
その自信はどこからくるのか――――うん?
そういえば先程までと何かが違うような……あ! "灼熱世界"で出来た炎の壁が少し低くなっているような?
リーゼロッテもそのことに気づいたようで、頬から一筋の汗が流れ落ちています。
「シャル、貴女……!」
「フハハ! 気づくのが遅いぞリーゼ。余の『絶対なる王の領域』は、ただ赤い薔薇を咲かせるだけではない。この異能は領域内にいる全ての者の魔力、発現している異能を強制的に奪い取り、余の魔力へと変換する」
「「「なっ……!?」」」
リーゼロッテ達は揃って目を大きく見開き絶句しています。
無理もありません。
強制的に相手の魔力を奪い取るということは、魔力を消費して異能を発現する私達にとって、まさに天敵とでも言うべき異能です。
「リーゼよ、ぼーっと立ったままで良いのか? このままでは其方らの魔力が枯渇して終わってしまうぞ?」
「――ッ!?」
「足掻いてみよ。だが、リーゼたちに残された時間はそれほど長くないぞ。さあ! 其方らの前に立ちふさがる大いなる壁にぶつかって来るがいい!」
自らを大いなる壁と言いますか……。
ですが、そう言い切ってしまうだけの
彼女の言う通り、何もしなければ魔力枯渇で敗北する以上、リーゼロッテ達は攻めるしかありません。
魔力を奪い取るというのは脅威ですが、それだけであるならば奪い尽くされる前に倒してしまえばよいのですから。
「エミリア!」
「分かっています! 行きなさい――――"円卓の騎士"!」
リーゼロッテの言葉を受けて、エミリアが一斉に矢を放ちます。
一度放たれてしまえば察知することの出来ない、不可視の矢。
次の瞬間には十一本の矢がシャルロッテを射抜くはず――かと誰もが思っていたのですが……。
「そんな!?」
「嘘、でしょ……」
再びリーゼロッテ達は絶句します。
それもそのはず。
何故ならば、私の目に映るシャルロッテの身体は、一ミリたりとも傷を負っていなかったのです。
彼女の周囲に咲く薔薇の茎が伸び、不可視のはずの矢を絡め取っており、発射前の青白い光の矢に戻っていました。
「一つ言い忘れていたが、『絶対なる王の領域』内で余に向けられた攻撃は、如何なるものであろうと自動的に反応し、余を守る。そして薔薇が触れたものは当然――」
十一本の矢の長さは段々短くなり、やがて消えてなくなってしまいました。
恐らく、己の魔力として吸収したのでしょうね。
何という規格外の異能でしょう。
小柄なシャルロッテの身体が何倍にも大きく見えているのは、私だけではないはず。
現にリーゼロッテ達は、後退りそうになる足を必死で踏ん張っているようでした。
「これで終わりか? リーゼはまだ次の手があると聞いていたのだがな」
落胆したような表情をするシャルロッテを前に、リーゼロッテは覚悟を決めたのか、鋭い眼差しに変わります。
「いいわ、自動的に反応しようと関係ない。私の炎で焼き尽くせばいいだけよっ。『――
炎熱の砲弾は、シャルロッテに向かって一直線に飛んで行きました。
薔薇が即座に反応し、シャルロッテを守るべく動き始めますが、炎弾に触れると轟音と共に炎が吹き荒れます。
薔薇の花弁とともに白煙が舞い上がる
十一発、二十二発、三十三発――エミリアが持てる魔力を全て出し切ると言わんばかりに、"王に捧げし必中の弓"を白煙に向かって放ち続けます。
エミリアの攻撃に重なる形で、リーゼロッテがまた指に魔力を込めていました。
ここで一気に決めるつもりなのでしょう。
というより、決めてしまわないとエミリアの魔力は底を尽きかけていますし、リーゼロッテも次が最後の一撃になりそうですからね。
ガウェインの盾では、残念ですが吸収してくださいと言っているようなものですし。
「――これでえェェッ!」
リーゼロッテの咆哮とともに放たれた炎弾は、的を捉えた瞬間に爆発さながらの大音響を発生させました。
エミリアとリーゼロッテの同時攻撃とは……凄まじい威力です。
「……これでどう」
リーゼロッテもエミリアも急激な魔力消費で疲労しているのでしょう。
息を荒くしながら帳の向こうを凝視しています。
その二人を守るように"守護女神の盾"を展開するガウェイン。
今の連携が彼女達の全力ともいうべき攻めです。
いくら自動で防御してくれるといっても、あの物量にあの火力、完全に防ぎ切ることは難しいでしょう。
これは、決まりましたかね?
「もしかして、やりすぎたかしら?」
リーゼロッテが呟いた、その時でした。
「うむ! 二人の力を合わせての攻撃――咄嗟にしては上出来だ。そこは褒めてやるぞ。だが、この程度の威力では余に傷をつけることなど出来はせぬ」
私の耳へ、先程と全く変わらぬシャルロッテの声が響いてきました。
徐々に晴れていく視界の中、現れた少女には依然として一つの負傷も見当たらず、当然のことですが苦痛も怒りも窺えません。
違いがあるとすれば、シャルロッテの周囲は幾重にも束ねられた薔薇で守られており、さながら薔薇の壁、といったところでしょうか。
「嘘、でしょ……」
エミリアはぽつりと呟くと、その場に崩れ落ちてしまいました。
どうやら魔力が底をついてしまったようです。
リーゼロッテも既に二度"灼熱の紅炎"を発現していますから、殆ど魔力は残っていないでしょう。
ガウェインは攻撃こそしていませんが、"絶対なる王の領域"の効果か、はたまた圧倒的な力の差を見せつけられたせいか、青ざめた表情をしています。
「さて、このまま続けてもよいのだが――そうだな、リーゼよ。其方が言った言葉をそっくり返そう。今直ぐ降参するなら異能を解除してやってもよいぞ」
――ここまでのようですね。
悔しそうな顔をするリーゼロッテ達でしたが、どう足掻いても状況を覆すのは不可能と判断したのでしょう。
リーゼロッテは瞳を閉じて口を真一文字に結ぶと、ゆっくりと頷きを返しました。
三対一という、圧倒的不利であったシャルロッテの完全勝利という形で、手合わせは終了したのでした。
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