第47話 五騎士選抜編④

「フハハハハ! さあどうだアデルよ! その目を見開いて、余の神々しさに打ち震えるがよいぞ!」

「打ち震えるかどうかは別として、良くお似合いですよ。ねぇ、リーゼロッテ様」

「全然! って言いたいところだけど……ふん! 似合ってるわよ」

「フハハ! そうであろう! 余は何を着ても似合ってしまうのだ」


 くるりとその場で一回りした後にドヤ顔を見せるシャルロッテに、私の隣に居るリーゼロッテは「全く、調子に乗りすぎよ……」と大きな溜息を吐いています。


 シャルロッテが着ているのは制服ですが、彼女自身が通っている学校のものではありません。

 留学ということになっていますので、期間中は聖ケテル学園の制服を着たいというシャルロッテたっての要望により、衣装替えをしたという訳です。

 喜ぶ彼女の後ろには護衛のゼクスとノインが控えているのですが、何故か二人も学園の制服に身を包んでいました。

 

「姫さん、ウチらは護衛なんですけど……」


 こちらも大きな溜息を吐きながら、細い目を更に細くしてシャルロッテに抗議しているゼクスでしたが、もう一人の護衛であるノインはというと――。


「いやあ、ここの制服は可愛いっスね。自分、気に入ったっスよ」


 そう言ってシャルロッテと同じように一回りしてみせるノイン。

 垂れ目がちな翠玉スマラクトの瞳を輝かせ、金赤色のショートヘアをなびかせてはしゃぐ姿は、私たちと同年代といっても差し支えがないように見えます。


「ったく、はしゃぎ過ぎやでノイン。ウチらは護衛やぞ。ちゅーか、制服着て喜ぶ歳でもないやろ」

「先輩はそーかもしんないっスけど、自分はまだ十九歳っスからね。一年前まで学生をやってた身としては懐かしいっスよ。先輩は随分昔のことだから嬉しくないと思うっスけど」

「そない昔の話ちゃうわ! まだ二十二やっちゅうねん!」 


 まるで夫婦漫才みたいなノリツッコミですね。

 二人のやり取りを見ているリーゼロッテ達も、呆気に取られたような顔をしています。

 にしても、ゼクスが二十二歳でノインが十九歳ですか。

 その歳で王女の護衛を務めるとは、やはりこの二人はかなり優秀なのでしょうね。


「余が制服で過ごすのだ。其方達だけ違っては、学園で浮いてしまうではないか」

「いや、姫さん今でも十分浮いてまっせ」

「何だと!? どこがだっ」

「そら決まってますやん、姫さんの存在が――へぶしっ!」


 ゼクスは言い終わる前に地面に崩れ落ちました。

 恐らくシャルロッテが何かをしたのだと思うのですが、私の目でも捉えることが出来ないとは……恐るべき身体能力です。

 シャルロッテは自信に満ちた笑みを浮かべていました。


「それで、ノインもゼクスと同じ意見なのか?」

「全然違うっス。シャルロッテ様はもう完全にこの学園に馴染んでると思うっス。むしろ馴染みすぎてどこに居るか分かんないくらいっスよ」


 首を思い切り左右に振って馴染んでると言い放つノインの回答に、満足気な表情を見せるシャルロッテ。

 どこに居るか分からないということは、馴染んでいないような気もするのですが。

 あ、ゼクスが起き上がりましたね。


「イタタ、姫さんいきなりは勘弁してや。軽い冗談ですやん」

「余に冗談など通じんことくらい知っておるだろう。自業自得というやつだ」


 切って捨てたようなシャルロッテの言葉に、「手厳しいなぁ」と溜息を吐くゼクス。

 王女と護衛という割には、かなり遠慮のない関係に見えます。

 ですが、締めるところは締めるといった感じでしょうか。

 おっと、そろそろ午前の講義が始まりますね。


「シャル様。午前の講義が始まります。フィナールの教室に参りましょう」

「うむ! 楽しみだ」


 リーゼロッテと共にシャルロッテ達を引き連れてフィナールの教室まで行くと、一緒に午前の講義を受けました。

 前日に歓迎会を開いているとはいえ、他国の王女が同じ教室にいるというのは珍しいのでしょう。

 初めのうちはざわついていたのですが、ベアトリスが氷のように冷たい視線を振りまいてからは、皆さん静かに講義を受けていました。

 心なしか教室内の温度も下がったような気がしたのは気のせいでしょうか?





 午前の講義が終わった後は、当然のように学食へ向かいます。

 学食へ入った瞬間、視線が一斉に私達へと向けられました。

 あちらこちらでざわめきが起こっています。

 最近はだいぶ落ち着いてきたと思ったのですが……シャルロッテが居ては無理もありませんか。


 歓迎会をフィナール寮で行ったということもあり、挨拶を交わしたのはフィナール生のみでしたからね。

 それ以外の生徒達はそもそも留学生が来ること自体、知らされていないと聞いています。

 普通では考えられないことですが、留学が決まったのがつい先日ですから仕方のないことかもしれません。


 ですが、このままだと少々シャルロッテへの配慮に欠けるというものです。

 私からお願いして皆さんには静かに――ん?

 ゼクスが一歩前に出てパンパン、と手を叩きました。


「ほいほーい、皆ちいとばかしウチに注目してやー」


 ゼクスの言葉は決して大きなものではなかったのですが、何故か学食内に響き渡り、その場にいた学生の視線は一斉に彼の方へと注がれます。

 こちらからは背を向けた状態の為、ゼクスの表情を覗い知ることは出来ません。

 ゼクスは周囲を見渡して、私達を除く全ての視線が自分に向けられたことを確認すると、一つ頷きました。


「ここにおるんはただの学生や。なーんも気にする事あらへん。せやから、いつものように友達とダベリながら昼飯を食べてくれたらええで。……ホイ、もうええよ」


 そう言って再度手を叩くと、学生達は先程までと打って変わってシャルロッテに一切目を向けなくなりました。

 まるで本当にただの学生であるかのように、誰一人としてシャルロッテを気にしている者はいません。

 学生たちの変わりように、リーゼロッテ達は目を丸くしています。

 もちろん私もですが。


「これは……ゼクスさんの異能ですか?」


 気になった私は思わずゼクスに問い掛けていました。

 後ろ姿だけでは何をしているのか全く分かりませんでしたが、どう考えても異能を使ったとしか思えません。


「ちゃうって言いたいとこやけどバレバレやしな。せや、ウチの異能による効果っちゅうわけや。どんな異能かまでは秘密ナイショやけどな」


 人差し指を唇に当てウィンクをしたと思われるゼクス。

 思われる、というのは元々目が細いので変化が分からないからです。

 ですが、口元に笑みを浮かべているので、恐らく当たっているのでしょう。

 他人の、しかも他国の人間の異能について「どんな異能ですか?」と聞くわけにもいきません。

 それはリーゼロッテも他の二人も分かっているようで、口にすることはありませんでした。

 

 その後は、何事も無かったかのようにシャルロッテ達を配膳のカウンターまで案内し、各自思い思いの昼食を選びます。

 私が選んだのは、グリルチキンのサラダとバジルとトマトの冷製パスタです。

 ちなみにシャルロッテは赤身肉のステーキを注文していました。

 シャルロッテ曰く「王とは肉を喰らうもの」だそうです。


 全員のトレイに料理が用意された後、空いているテーブルを発見して椅子に腰を下ろします。

 ここまでの間、どの生徒からも注目されることはありませんでした。

 ゼクスの異能の効果に感服しつつ、食事を摂ることに。

 ちゃっかり私の隣に座ったシャルロッテと、同じく私の隣に座ったリーゼロッテ。

 

「なんだアデルよ、其方それでは力が出ぬであろう。どれ、余の肉を分けてやろう、あーん」


 シャルロッテが一口大に切ったステーキをフォークに刺し、私の口元まで運ばれます。

 ――どうするのが良いでしょうかね。

 結構ですとお断りするのも失礼ですし、かと言って「あーん」と頂くのも何と言いますか違う気がします。

 どうすべきか悩んでいると――。


「あむっ」

「む! リーゼよ、何をするのだっ」

「わざわざ食べさせてあげる必要はないでしょ!」

「余が手ずから食べさせてやりたいと思った故にしたまでのこと。やれやれ、女の嫉妬というものは怖いものだ」

「貴女も女の子でしょうがっ」


 こうして見ていると、やはりリーゼロッテの方がヒートアップしているようですね。

 今も「ぐぬぬ……」と横で唸っていますし。

 シャルロッテはどちらかというと、からかっているように見えます。

 瞳から余裕が窺えます。

 ――ふう、午後の手合わせで何事も起きなければよいのですが。

 私は誰にも気づかれない程度に溜息を吐きながら、そんな事を考えていました。





 悪いことというのは当たるものです。

 昼食を摂り終え、午後の手合わせの為に演習場に到着したところで、シャルロッテが思いもよらぬことを口にしたのです。


「うむ! 余も参加するぞ」


 シャルロッテは初めから参加する気だったのでしょう。

 いつの間にか服装が訓練用のものに変わっています。

 

「シャル様、しかし――」

「あー、アデル君。すまんけど、姫さんは一度言いだしたら自分を曲げんお人や。一回だけでええから手合わせさしたってくれんか?」


 まさか、護衛のゼクスから手合わせを容認する言葉が出るとは思いませんでした。

 ノインの方へも顔を向けると、「お願いするっス」と同意の頷きをしています。

 二人とも困ったような笑みを浮かべているものの、シャルロッテが怪我を負うなどとは微塵も思っていないのでしょう。

 止める気配が全くありません。

 仕方ないのでシュヴァルツを見ると、やれやれといった感じで苦笑いを浮かべながらシャルロッテに近づきました。


「留学とはいえ貴女は他国の王女です。出来れば手合わせは見学で済ませて頂きたかったのですが、どうしても参加されますか?」

「当然だ!」


 大きく頷くシャルロッテの意思は固いようで、シュヴァルツをジッと見据えています。

 「ふふ、仕方ありませんね」とシュヴァルツが言うまでに、大した時間は掛かりませんでした。


「まあ、この場には我が学園が誇る、素晴らしい治癒の異能を持ったソフィア先生がいます。もし怪我を負うようなことがあっても瞬時に回復することが可能ですので、ご安心ください」

「気遣いには感謝するが、余にその必要はない」

「必要ない? それは何故です?」


 シュヴァルツが珍しく訝しげな顔をしています。

 攻撃を受けない自信でもあるというのでしょうか。


「フハハ! 手合わせが始まれば分かることよ。そうだな――リーゼ、余とやらぬか? それと、ガウェインとエミリアと申したか、其方らもだ」

「「「なっ!?」」」


 指名を受けた三人の瞳は大きく見開かれていました。

 三人だけでなく、その場に居る全てのフィナールの生徒達も同様に驚きの表情を見せています。

 シャルロッテの発言に、辺りは静まり返っています。

 唯一変化を見せていないのは、ゼクスとノインのみでした。

 どれだけ自分の異能に自信を持っているのか知りませんが、三人の異能を同時に一人で相手取るなど、無謀としか言い様がありません。

 あ、三人とも目つきが鋭くなってきましたね。 

 

「シャル……貴女、本気で私達三人の相手をすると言っているの?」

「うむ! 余は嘘が嫌いだ。余一人で相手をしよう。安心せよ、怪我はさせぬ故、本気でかかってくるのだ」

「――面白いわね」

「そこまで言い切られたら、やるしかないですね!」

「思い切りいかせてもらいます」


 シャルロッテの火に油を注ぐような一言により、やる気という炎をこれでもかというほど燃やす三人。

 私の目から見て分かるほど力が入っているように感じます。

 三人の気概に満ちた視線を一身に受けても、一切怯むことのないシャルロッテ。

 そのまま中央の開始線へと歩き始めました。

 シャルロッテはどう対処するつもりなのでしょう?

 一人ひとりを相手取った場合、ジリ貧になる未来しかないのですが。


 リーゼロッテ達三人とシャルロッテが、開始線を挟んで相対します。

 どちらも準備万端のようで、ソフィアを見ながら開始の合図を今か今かと待っています。

 

「ううう、本当にやるのです?」

「うむ! 余の言葉に撤回の二文字はない」

「シャルもああ言っていますし、さっさと始めてくださいソフィア先生」


 リーゼロッテは昼食のこともあるのか、かなり苛立っているように見えますね。

 いつでも異能を発現出来る様に臨戦態勢に入っています。


「どうなっても知らないのですよっ――――始めなのです!」

「『――灼熱世界ムスペルヘイム!』」

「『――――守護女神の盾アエギス!』」

「『――――王に捧げし必中の弓フェイルノート!』」


 ソフィアの開始の合図と同時に、リーゼロッテ達は声高らかに各々の異能を発現しました。

 刹那の乱れもなく、示し合わせたかの如く発現した三人の想いのカタチ。

 三者三様の異能チカラが今まさに、シャルロッテに襲いかかろうとしていました。

 

「行くわよ、シャルっ!」


 三対一という、数の上では圧倒的にリーゼロッテ達が有利な手合わせの幕が開けたのでした。

 

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