第46話 五騎士選抜編③

「おや? お早うございます。ええと、確かゼクスさんでしたか」

「んお? お早うさん。ゼクスで合っとるよ、アデル君」


 早朝の一番。

 学生寮のリビングルームに出た私は、シャルロッテの護衛の一人であるゼクスと挨拶を交わします。

 リビングに備え付けられたソファに座り、片手を上げる青年ゼクス

 短く刈り上げられた鳶色とびいろの髪と、同じく鳶色の瞳。

 鳶色の瞳と言っても、ゼクスは常に目を細めており、今は瞳の色を覗い知ることは出来ません。

 何故知っているのかというと、シャルロッテの口を塞いだ際に一瞬だけ慌てたように瞳を見開いたのです。


 あれだけ目を細めた状態で、誰がどこにいるのか見えているのでしょうか?

 不思議ではありますが、飄々ひょうひょうとした顔を私の方に向けていることを考えると、見えているのでしょう。

 それよりも――。


「シャルロッテ様の護衛ということでしたが、お傍に居なくても宜しいのですか?」


 いくら留学先の学園内とはいえ、一国の王女であるシャルロッテの護衛として来ているのであれば、常に傍に控えてお護りするものと思っていたのですが。


「いやー、痛いトコ突いてくるなあ。せやけど問題ないねん」

「問題ない、ですか?」


 自らの頭をペシペシと叩きながら、ゼクスは軽く頷きました。


「せや。ノインが一緒におるからな。ノインが姫さんの傍におる限り、仮に危険に陥ったとしても即座に離脱が可能や」


 ニィっと口元に笑みを浮かべ、自信満々に言い切るゼクス。

 余程もう一人の護衛、ノインの事を信頼しているのでしょう。


「ま、どのみち姫さんが危険に陥ることなんぞ、起きひんやろうけどな」

「それはどういった理由でしょうか?」

「簡単や。姫さん自身がただただ強い、それだけや」


 ふむ。

 確かに昨日初めて会ったシャルロッテは、何と言いますか、王者の風格を漂わせていました。

 発言の一つ一つも彼女の自信の表れなのでしょう。

 彼女自身が強いのであれば護衛など必要ないかといえば、王女が一人で他国に来るわけにもいきませんからね。

 むしろお付きがおらず、護衛も二人のみという方が驚きではありますが、ゼクスとノインが優秀だという事なのでしょう。


「二つの理由故に、こちらでくつろがれているということでしょうか?」

「んー、それもあるんやけどな。夜は基本的にノインに任さなアカン理由があるねん」


 指で頬を掻きながら苦笑するゼクスに、私は思わず首を傾げてしまいます。

 シャルロッテが女性だからでしょうか?

 と、そこで――。


「うっきゃあああああ!」


 女子寮の方角から、耳を劈くような悲鳴が聞こえてきました。

 何ともはしたない声ですが、リーゼロッテですか?

 

「あっちゃあ……リーゼロッテ様かいな。大方、朝になったから起こしに行ったんやと思うけど」

「起こしに行くのが何か問題でもあるのですか?」


 顔なじみだというのであれば、特に問題はないと思いますが。

 ゼクスは「ちゃうちゃう」と手を左右に振って否定します。


「起こしに行くこと自体は、なーんも問題なんぞあらへんよ。ただなぁ、姫さんのあの姿・・・を見て平常心でおられるかっちゅうたら、無理やろうな」

「あの姿、ですか?」


 余程衝撃を与える格好というと……着ぐるみパジャマでしょうか?

 この世界にあるかどうかは分かりませんが。

 シャルロッテが、電撃を飛ばす黄色いキャラクターに似た着ぐるみパジャマで部屋から現れたら、きっとリーゼロッテも驚くでしょう。


「これ以上はウチの口から言うわけにはいかんなあ。もう直ぐ朝食なんやろ? そん時にでも聞いてみたらエエ」

「分かりました。では聞いてみることにします」


 含み笑いをしながら告げるゼクスを不審に思いながらも、私はそう返すのでした。





「本当に信じられないわ! 全く!」


 リーゼロッテは私の顔を見るなり、挨拶もそこそこに怒りをぶつけてきました。

 私に向けられても困りますが、恐らく先程の絶叫が関係しているのでしょう。


「リーゼロッテ様。男子寮にまで届くほどの声でしたが、何があったのですか?」

「くっ、そっちにまで聞こえてただなんて……シャル! 貴女が悪いのよっ」


 リーゼロッテが指を差して睨みつける視線の先には、フレンチトーストを美味しそうに頬張るシャルロッテ。

 このフレンチトーストは食パンではなく、フランスパンに似たパンをスライスしたものに、卵とオレンジジュース、それに様々なスパイスを混ぜた調味液を染み込ませて、フライパンにバターを熱した状態で、軽く両面を焼いて作りました。

 隠し味はバニラエッセンスです。


「うむ! 美味い! これをアデルが作ったというのだから驚きだ。一家に一人アデルがおれば、きっと重宝するであろうな」

「恐れ入ります。お口に合ったようで何よりです」


 座った状態の為、軽く会釈をして返します。

 シャルロッテの隣ではノインが、「ホント美味いっス。自分も将来結婚するなら料理が出来る人がいいっスね」と、相槌を打っていました。

 執事喫茶でアルバイトをした際に、美味しい紅茶の淹れ方や、軽食の作り方などを叔父さんから徹底的に仕込まれましたからね。

 簡単なものであれば作れます。


「ちょっと! 私の話を聞きなさいよ!」

「ん? どうしたリーゼよ。食が進んでおらぬではないか。要らぬのなら余が代わりに食してもよいぞ」

「せっかくアデルが作ったのにあげるワケがないでしょ! って、そうじゃなくて!」


 シャルロッテにそんなつもりはないのでしょうけど、完全に遊ばれている状態になっていますねリーゼロッテは。

 今までの美しく気品溢れる王女のイメージは脆くも崩れ去っています。

 むしろこれだけ上手にツッコミを入れることが出来るのであれば、王女二人による漫才も有りなのではないかと思ってしまうほどですが……実現は難しいでしょうね。


「何をそこまで怒っておるのだ」

「元はと言えば、貴女があんな姿で部屋にいるのが悪いんでしょう!」

「あんな姿? おお、余が裸で出迎えたことか。それが何か?」

「なっ……!?」


 しれっと何でもないかのように言い張るシャルロッテに、唖然とするリーゼロッテですがなる程、ドアを開けていきなり全裸の姿を見れば、確かにあの絶叫も頷けます。


「良いか、リーゼ。余の鍛え抜かれた完璧な肉体は、女神すら超越する。恥ずべきところなど一ミリたりとて存在せぬわ。故に、隠すべき理由など何一つないのだ!」


 これでもかと言わんばかりに上体を逸らしてリーゼロッテを指差す姿は、どこぞの女帝を彷彿とさせますが、口の端にパンくずをつけた状態では説得力がありません。

 スッとノインがナプキンでシャルロッテの口を拭くと「うむ!」と頷きました。


「シャルロッテ様はその、眠りにつかれる際は常に裸ということでしょうか?」


 リーゼロッテの隣に座っていたエミリアが疑問を口にします。

 その隣のガウェインは「師匠が作った朝食……師匠の味がします!」と意味不明なことを言ってパンを頬張っていますが、私の味とはどんな味ですか……。


「うむ! 余は寝る時は何も身に着けぬ主義なのだ。生まれたままの姿で眠りにつく。これほど健康的なことはないぞ。エミリアよ、其方も試してみるといい」

「へっ!? そ、そうですね。機会があれば、はい……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ俯くエミリアを見て、「恥ずかしがる美少女も良いのう!」と頷くシャルロッテ。

 彼女は美しいものが好きだと仰っていましたが、今のエミリアを見ても反応するとなると、シャルロッテの美意識というものが良く分からなくなりますね。

 ゼクスとノインが何も言わないところをみるに、これも通常通りなのでしょう。


「うむ! 美味であった。味も然りだが、美少年が作った食事というものは何者にも代え難い価値があるのう。明日も明後日も食べたいくらいだぞ」

「美少年かどうかは分かりませんが、この程度のもので宜しければシャルロッテ様が滞在されている間は、私が朝食をご用意致しましょう」


 あまり難しいものは用意出来ませんが、と付け加えると、シャルロッテは「そうか!」と言って深緑の瞳をキラキラと輝かせていました。


「やはりアデルは良いのう。余が王国に帰る際には一緒に――」

「行かせるものですかっ!」


 シャルロッテの声を遮るリーゼロッテに、私は苦笑するのでした。

 ――朝食でこれなら昼食の学食はもっと荒れそうですね。


 そんな事を考えつつ、自分で作ったフレンチトーストを口に入れるのでした。

 うん、美味しい。

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