第57話 五騎士選抜編⑭

「レイ先輩、立てますか?」


 "正統なる王者の剣"を解除した私は、右肩を抑えるレイに手を差し伸べます。

 苦悶の表情を浮かべていた彼は、手を取ろうと肩を抑えていた左手をこちらに伸ばそうとしますが、何かに気づいたようで掴む直前にその手を引っ込めてしまいました。

 しきりに手のひらを見ているようですが――ああ、そういうことですか。


「レイ先輩、お気になさらずに。さあ、私の手を取ってください」

「だが、血が付いているからね。アデル君の手が汚れてしまうだろう?」

「私は気にしませんがレイ先輩が気にされると言うのであれば、こうすればよいのですよ……ほら」


 そう言って、私はポケットからハンカチを取り出すと、レイの左手に付着した血を丁寧に拭き取ります。

 うん、これで綺麗になりましたね。

 目を丸くしてその様子を見ていたレイの左手を握り、ゆっくりと引き上げます。


「全く君というやつは……。すまない、助かるよ」

「いえ、元はと言えば私がつけた傷ですから」


 ソフィアのところまでレイを連れて行くと、彼女は直ぐに"女神の癒し手パナケア"を発現させました。

 レイの傷は瞬時に治り、表情が和らいだものに変わっていきます。

 いつ見ても見事なものです。

 

「レイ、惜しかったな」

「――シュヴァルツ」


 レイとともに振り返ると、そこにいたのはシュヴァルツでした。

 

「……いや、完敗だよ。だが不思議と悔しいという気持ちはない。シュヴァルツと一緒に戦えないというのが残念ではあるがね」

「そうか……」


 残念と言いつつも、どこか晴れやかな笑顔を見せるレイに、同じく笑みを浮かべるシュヴァルツ。

 二人にしか分からない何かがあるのでしょう。

 不意にレイの視線が私に向けられます。


「私の想いはアデル君に託すとしよう。アデル君、私の分まで"青騎士"として戦ってくれるかい?」


 レイの視線と私の視線が交差します。

 私の答えは当然――。


「もちろんです。アデル・フォン・ヴァインベルガー、レイ先輩の分まで"青騎士"として、そして学園の代表として、己の力の限り戦うことを誓います」


 右手を左胸に当て、レイから瞳を逸らさずに言い切ると、彼は「……有難う」と言って頷いてくれました。

 横ではシュヴァルツも笑みを浮かべており、ソフィアも「青春なのです!」と何度も頷いています。

 レイの想いは確かに受け取りました。

 彼の分まで頑張ると致しましょう。



「フハハハハッ、アデルよ! 見事な試合であったぞ。やるではないか」

「有難うございます」


 リーゼロッテ達がいる場所まで戻ると、シャルロッテから声を掛けられました。

 はて、確か代表選考会は関係者以外立ち入り禁止のはずですが……。

 

「シャル様、一応関係者以外は入ってはいけないという決まりなのですが」

「ん? そうなのか? だが、参加者ではないガウェインやエミリアもここにおるではないか?」

「彼らは私とリーゼロッテ様を応援するという名目で、シュヴァルツ先輩から許可を得ています」

「それなら余も問題ないな! 余もアデルとリーゼの応援者であるからな」


 上機嫌で笑みを浮かべているシャルロッテ。

 それが通じるのですか……シュヴァルツの方に顔を向けると、彼は何とも言えない困った顔をしていますが、一度だけ頷きました。

 シャルロッテらしいと言ってしまえばそれまでですが、何とも自由奔放な方です。

 軽く溜息を吐くと、リーゼロッテ達の方を見ます。


「おめでとう、アデル」

「師匠、おめでとうございます!」

「アデル君、おめでとう」


 三人の祝福の声に一礼で応えました。

 自然と笑みが溢れているのが自分でも分かります。


「次はリーゼロッテ様の番ですが、準備は大丈夫ですか?」

「当然よ。私が"赤騎士"になる瞬間を見ていなさい」


 自信たっぷりに言い切るリーゼロッテは、向こう側にいる対戦相手に視線を向けます。

 その場にいた全員が釣られて視線を対戦相手に向けますが――。


「あれが私の対戦相手よね?」

「ええ、そうです」

「うーん……」

「どうかされましたか?」


 何度も首を傾げるリーゼロッテに問いかけると、この学園で見たことがない生徒だと言うではありませんか。

 ガウェインやエミリアも同様のようで、「知らない」「見たことがない」と。

 おかしいですね、皆さんよくご存知のはずでしょうに。


「皆さん、知らないはずはないでしょう? あの方は私達の先輩ですよ」

「「「えっ?」」」


 三人とも驚いた顔をしていますが、本当に分からないのでしょうか?

 何度も顔を合わせているから分からないはずはないのですが。

 暫く待ちますが、リーゼロッテ達はうんうん唸ってばかり。


「本当に分からないのですか? 三年のコレット先輩でしょう。コレット・マリウス先輩」

「「「……えぇ!?」」」


 揃って大声を上げた三人は、食い入るようにコレットを見ています。

 

「あれが、コレット先輩……?」

「言われてみればコレット先輩に見えなくもないような……いや、でもあの人はもっと地味だった」

「兄さん!」


 そんなに違いますかね? 

 向こう側にいるコレットは、身長はリーゼロッテよりも少し高い程度で、腰までありそうなストレートで艶やかな水色の髪に、同じく水色の瞳。

 整った顔は大人びて見え、綺麗なお姉さんという表現が一番合うでしょう。

 前までは眼鏡をしていましたし、髪もあそこまで整えられていませんでしたから、もしかしたらそれで分からなかったのかもしれません。

 そのことを伝えると、三人とも「ああ……うーん?」とまたもや首を捻る始末。


「だとしても変わり過ぎじゃないかしら? あれはもう、別人よ。アデルはよく分かったわね」


 ガウェインもエミリアも大きく頷いています。

 

「そうでしょうか? コレット先輩と同じ髪色の方は少ないですし、何より口元の黒子ほくろが一番の特徴だと思うのですが?」


 コレットの下唇の左下部分には黒子があります。

 あれを見れば誰かは一目瞭然と言えるでしょう。

 

「アデル……普通気づかないわよ」

「教室で毎日顔を合わせるのです。数ヶ月も一緒なのですから、顔にどんな特徴があるかくらい分かるようになります」

「それはきっと貴方だけよ……」


 うーん、納得がいきませんね。

 シュヴァルツを見ると苦笑されてしまいました。


「フフ、アデル君の言う黒子には俺も気づかなかったが、彼女がコレットさんだというのは間違いない。リーゼロッテさん、先輩だとやりづらいかな?」

「いいえ、問題ありません」

「結構。それでは彼女も既に中央で待っているからね。行ってくるといい」

「はい!」


 リーゼロッテは一つ頷くと、中央に向かって歩き始めました。

 ん? 少し離れたところで、シャルロッテがゼクスになにやら話しかけているようです。


「ゼクスよ。其方の仕業か?」

「何のことか分かりませんわ。まあ、なんや悩んでいるようやったんで、少しばかり後押しをしただけですわ」


 悪びれずに言うゼクスに「困ったやつめ」と肩を竦めるシャルロッテ。

 ――後押しをしただけと仰りましたが、外見の変化と何か関係があるのでしょうか?


「というわけやから、アデル君も内緒にしとってや。なあに、別に悪いことはしとらへんよ。それは誓ってもエエで」

「本当ですね?」

「ああ、本当や」


 ゼクスの少しだけ開いた目をジッと見つめますが、どうやら嘘は言っていないようです。


「分かりました。信じます」

「おおきに」


 ニンマリとした笑みを浮かべるゼクス。

 まあ、仮に何らかの問題が発生するとしても、この場にはソフィアもシュヴァルツもいます。

 私も直ぐに動けるようにだけはしておきましょう。

 おっと、試合が始まるようですね――ん? コレットがリーゼロッテに話しかけているようです。


「リーゼロッテ様! アデル君を賭けて勝負よっ!」

「はい……?」


 ――"赤騎士"を賭けて勝負と言うのであれば分かりますが、私を賭けてとはこれ如何に?

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