第58話 五騎士選抜編⑮

「えーと、コレット先輩? アデルを賭けて勝負と言われた気がしたんですけど……」


 コレットの言葉を、聞き間違いかなにかだと思ったのでしょう。

 リーゼロッテが聞き返しますが――。


「その通りよ! この試合に勝った方がアデル君と付き合うことができるの……うふふ」

「つ、付き合う!? アデル! 貴方いつの間にそんな約束をッ!」


 リーゼロッテは勢いよく振り返ると、私を思い切り睨みつけながら叫んでいます。

 当然のことながら、私はコレットとそのような約束を交わした覚えはありません。

 首を左右に振って即座に否定します。

 「本当でしょうねっ」とでも言わんばかりに、リーゼロッテは疑いの眼差しを向けていますが、女性と付き合うのであればそのようなことはしません。


 好きな女性ができたのであれば、真正面から誠心誠意、己の胸の内を伝えて愛の告白をするだけです。

 人の手を借りることはもちろん、誰かと誰かを比べるといったことは、私が一番嫌うことですから。

 私を訝しげに睨む、リーゼロッテの鋭い視線。

 何もやましいことなどないので、瞳を逸らさぬまま頷くと、彼女は一つ溜息を吐き「それもそうね」と言って、コレットに向き直りました。

 

「コレット先輩。アデルはそんな約束なんてしていないようですけど?」

「ええ、アデル君は一言も言っていないわ」

「えっ? だったら何で……?」


 リーゼロッテは、訳が分からないといった感じで首を傾げています。

 その言葉に、コレットの目がキラリと光ったような気がしました。


「だって、リーゼロッテ様はアデル君のことが好きなのでしょう?」

「……へ?」


 リーゼロッテは金縛りにでもあったかのように硬直してしまっています。

 

「分かる、分かるわ。私もアデル君のことが好きだから、リーゼロッテ様の気持ちは痛いほどよく分かっているつもりよ。アデル君のことが好きで好きで仕方ないのよね? でも一度婚約破棄をしちゃっているからなんでしょうね、中々彼の前では素直になれない」

「は? はああああああ!? な、何を言っているんですかっ! 私は別に――」

「隠さなくてもいいの! だって、この学園の生徒は皆分かっていることですもの」


 コレットが笑顔でそう告げると、リーゼロッテはまるで壊れた自動人形オートマタのようにゆっくりと周囲を見渡しました。

 彼女と目があった瞬間、ガウェインもエミリアも気まずそうにスッと目を逸しています。

 シュヴァルツは目を逸らしはしないものの、端正な顔立ちを少しだけ崩して苦笑していますし、シャルロッテに至っては胸の位置で両手を組み、「うむ!」と大きく頷き返していました。

 

 ――リーゼロッテが私のことを好きですって?

 ふむ、言われて思いかえしてみれば、心当たりがないこともありません。

 私とも目が合ったので優しく微笑み返すと、顔を真っ赤にしてコレットの方に戻しました。

 嫌われているものとばかり思っていたのですが、好意を寄せていただいていたとは嬉しいものです。

 まあ、私の答えは決まっているのですが。


「……んん、誰も思っていないようですけど、コレット先輩の勘違いじゃないかしら」

「「無理やり無かったことにしようとしてる!?」」


 ガウェインとエミリアの声が綺麗に重なり、演習場内に響き渡ります。

 

「そこ! うるさいわよっ」


 即座に振り返り、二人を指差しながら冷たい視線を向けるリーゼロッテ。

 ガウェインたちは両手で口を塞ぐ仕草をして、こくこくと頷いています。

 流石は双子、動作が完全に一致しています。

 二人が静かになったことに満足したのか、リーゼロッテは再度コレットの方を向きました。


「……隠さなくてもいいのに」

「隠してなんかいませんっ!」


 呆れたような顔で告げるコレットに対して、直ぐに否定の言葉を述べるリーゼロッテですが――ふむ。

 彼女があくまでも隠したいのであれば、私はそれを最大限尊重しましょう。

 このような人の目が多い中で、自分の口からならともかく他人の口から告げられたのでは、「そうです」と認めるのは難しいでしょうし。

 リーゼロッテは「コホン」と一つ咳をすると、言葉を続けます。 


「それよりも、コレット先輩は何で私に勝ったらアデルと付き合えると思っているんですか? 私はアデルと付き合っていないし――べ、別に好きでもないんですよっ」


 リーゼロッテは否定していますが、コレットは本気にしていないのでしょう。

 口元に手を当てつつ、笑みを浮かべています。


「うふふ、まあそういうことにしておきましょうか。付き合えると言ったのはあくまでも喩えよ。私の知るかぎり、アデル君に一番近い位置にいる女の子といったらリーゼロッテ様、貴女です。それはご自身でも分かっていますよね?」

「それは、まあ……そうですけど」


 口ごもってモジモジするリーゼロッテの姿に、普段発せられている第一王女の威厳は感じられません。

 どこにでもいるような可憐な美少女といったところでしょうか。

 

「始めはアデル君とリーゼロッテ様が二人並んで歩く姿を見たときに、『なんてお似合いなんだろう』って思ったの」

「お似合いだなんてそんな……」

 

 身体をくねくねさせながら悶えるリーゼロッテ。

 いつもの彼女とは思えぬ行動をとっています。

 かなりペースを乱されているようですね。


「私は廊下の壁に隠れて、アデル君を眺めているだけで良かったの。だって地味な私が彼と釣り合うはずがないんですもの」

「地味……? そんな風には全く見えませんけど」


 コレットの発言に、リーゼロッテだけでなくこの場にいる全員が首を傾げます。

 いえ、ゼクスだけは何か知っているのでしょう。

 見えているのか分からないほど細まった目をコレットに向けながら、笑みを浮かべています。

 怪しい……やはり何か関係しているとしか思えません。

 ですが信じると言ったばかりですし、確証に足るものがない以上、問い質したところでのらりくらりとやり過ごされてしまうのが目に見えています。

 ここはグッと飲み込むしかないようですが、いずれ――。

 手に力を込め、中央に視線を戻します。


「今の私じゃないわ。眼鏡をかけて髪型さえ気にしていなかった時の私よ。あの時の私と今の私だったら全然違うでしょ?」

「それはもう……って、いえ! そんなことは――」


 思わず頷きそうになりかけた頭を、左右に振って否定するリーゼロッテ。


「いいのよ。私もよく分かっているから。うふふ、私がここまで変わるきっかけを与えてくれたのがアデル君なのよ」

「アデルが……?」

「そう、彼がいるから今の私があるの!」


 瞳を輝かせ、舞台女優さながらの動きで手を空高く掲げるコレットですが、はて?

 私が変わるきっかけを与えた?

 まるで記憶にないのですが……。


「あのー、ちなみにアデルが一体どんなことをコレット先輩に?」

「え! 聞きたい? 聞きたいの?」


 食い気味に近寄るコレットに、リーゼロッテは気圧されたのか思わず仰け反っていました。

 

「は、はい! 聞きたいです」

「うふふ、じゃあ聞かせてあげる。私がアデル君に助けられた時のことを」

「助けられた? アデルに?」


 リーゼロッテの問いにコレットは大きく頷くと、話し始めました。


「そう! あれは二週間前のこと。私は午前の講義を終えて学食に行こうとしていたの。でも、その時はベアトリス先生に講義で使用した教材の片付けを頼まれていたから、遅くなっちゃって。片付けが終わった私は急いで学食に向かったわ。だけど、急いでいたのがいけなかったみたい。階段を踏み外しちゃったの。『あっ!』と思った時にはもう遅いわよね、身体は宙を舞っていたわ。地面にぶつかると思って目を瞑ったんだけど、いつまで経っても衝撃も痛みもない。恐る恐る目を開けると――」

「目を開けると?」


 コレットは、ぱあっと華が咲いたような笑みを浮かべて私の方を見つめながら、続きの言葉を口にします。


「アデル君が私を抱きかかえていたの! そしてこう言ったのよっ。『お怪我はございませんか、淑女』って! 白馬の王子様はアデル君のような人のこと、ううん。アデル君こそが白馬の王子様に相応しいって!」


 うっとりしたように熱のこもった、少々大げさに表現するのであればネットリとした視線を私に向けながら熱弁するコレット。


「白馬の王子様。そう――私だけの・・・・。そう考えたらリーゼロッテ様がアデル君の隣にいるのはおかしいわよね?」

「いやいやいや! 貴女の方がおかしいでしょ!?」


 リーゼロッテの言葉に同感です。

 明らかにおかしい。

 確かに、偶然通りがかった際にコレットを助けはしましたが、あのような瞳はしていませんでしたし、言動もおかしくなかったはずです。

 リーゼロッテの言葉などお構いなしといった具合に、コレットの暴走は止まりません。


「私がおかしい? なんで? リーゼロッテ様よりも私の方がアデル君に相応しいに決まっているわ! それを証明する為にも、私はリーゼロッテ様に勝ってアデル君の隣に立つ!」


 この試合に勝ったからといって私の隣に立てるわけではないのですが……どうやらコレットは正気を失っておられる様子。

 こう言っては失礼ですが、瞳が完全に狂気に満ちたものになっています。

 

「私の異能はリーラと同じく、リーゼロッテ様と相性のいい"氷系"。貴女に勝ってアデル君と……うふふ」


 手をわきわきさせながら私を見つめるコレットに、思わず一歩後ろに下がってしまいました。

 と、そこで今まで黙っていたリーゼロッテが、おもむろに後ろを振り返ります。


「アデル、申し訳ないのだけど、試合の後に『魔力供給エイル』をかけてくれないかしら?」

「それは構いませんが……」

「お願いね」


 短く告げるリーゼロッテの声と私を見つめる瞳には、力がこもっていました。

 

「ソフィア先生、試合開始の合図をお願いします」

「へっ!? 始めてしまってもいいのです?」

「問題ありません」

「うふふ、私も問題ありません。むしろ早く始めてください」


 二人が問題ないと言っているのですから、ソフィアも止めることは出来ないと考えたのでしょう。

 何度も交互に二人の顔を見ながら「むう、なのです」と唸っていましたが、やがて――。


「ええい! それでは――――試合開始なのです!」

「『――灼熱世界ムスペルヘイム!』」

「くっ!?」


 やや投げやりなソフィアの合図とほぼ同時に、リーゼロッテが異能を発現させました。

 先手を取られる形となったコレットは、あっという間に四方を炎の壁で囲まれてしまいましたが、直ぐに笑みを浮かべます。


「うふふ、少し驚いたけど、要はただの囲いでしょ? こんなもの私の異能で直ぐに――」

「『――灼熱世界!』」

「えっ?」


 一つ目の炎の壁の外側に新たな炎の壁が姿を現したことで、コレットの瞳が大きく見開かれました。

"灼熱世界"の重ねがけですかっ!?

 ん? ですが、炎の壁を二つ作っただけでは、ただの時間稼ぎにしかならないのでは?

 そう考えていた私の予想を超える出来事が起こります。

 それは――。


「『――灼熱世界!』」


 なっ――!?

 三つ目の炎の壁がコレットの周囲を覆ったことで燃え広がる炎。


「アチチっ、なのです!」


 範囲が広がったことで、慌ててソフィアが巻き添えをくらわないように壁に退避していくのが見えます。

 三つの炎の壁は圧巻の一言ですが、リーゼロッテはここから一体なにをするつもりなのでしょうか?


「うふふ……この程度の炎、アデル君に包まれていると思えば何ともないわっ」


 炎に囲まれて何ともないはずはないでしょうに、コレットは笑いながら声を張り上げています。

 その様子をリーゼロッテは――冷静に見つめていました。


「――その口を直ぐに黙らせてあげるわ」


 リーゼロッテが右手を銃の形に変えると、一番外側の炎の壁が消えて右手に集まっていきます。

 "灼熱の紅炎ブレンネン・ヒッツェ"を発現させるつもりでしょうか?

 でしたら、一つでよいはず……ん?

 リーゼロッテは左手も同じように銃の形にして、コレットに向けました。

 すると、二つ目の炎の壁が消えて左手に集まっていきます。

 これは、まさか――!

 

「喰らいなさいっ! 『――灼熱の紅炎!』」


 リーゼロッテが声高に叫んだ瞬間、右手と左手から同時に"灼熱の紅炎"が発現し、コレット目掛けて一直線に向かっていきます。

 コレットも、まさか二つ同時にくるとは思っていなかったのでしょう。

 その目は驚愕に包まれていました。


「そ、そんな――――!? アデルく――」


 直後、先程までの炎の壁など問題にならない、天が爆発したかと疑うほどの衝撃と白光が視界を覆いました。

 それは私が今まで見た"灼熱の紅炎"の中でも一番の爆発。

 二つ分の威力なのですから、当然のことかもしれませんが。

 視力が戻りゆっくりと目を開けると、立っていたのはリーゼロッテのみ。

 地面に伏してピクリともしないコレットに対して、リーゼロッテは静かに告げました。


「いい? 貴女ではアデルの隣に相応しくないわ――――いつか、私が――」


 こうして、新たな"赤騎士"リーゼロッテが誕生したのでした。

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