第59話 五騎士選抜編⑯

 さて、勝負はリーゼロッテの勝利で決まったわけですが――。

 私は勢いよく地面を蹴り付けると、中央にいる彼女のもとへ近づきました。

 理由は簡単です。

 

「くっ……!」

「おっと、大丈夫ですか? リーゼロッテ様」

「ア、アデル……」


 ふらついて倒れそうになるリーゼロッテの身体を、すんでのところで支えました。

 あの短時間で異能を次々と発現したのです。

 今のリーゼロッテには、殆ど魔力は残っていないはず。

 その証拠に、私の胸にすっぽりと収まる彼女の身体は小刻みに震えており、立っているのもやっとのようです。

 かなり辛い状態なのでしょう。

 私を見つめる蒼く美しい瞳からは、いつもの力強さは感じられません。

 

「全く……無茶をなさいましたね」

「……さっさと決着をつけるには、この方法しかなかったのよ」

「コレット先輩の異能がリーラ先輩と同じ氷系だからですか?」


 同じ系統の異能だからといって、コレットがリーラほどの使い手だとは思えません。

 無茶をせずとも良かったのではないかと思うのですが……。

 しかし、リーゼロッテの答えは全く違ったものでした。


「それも確かにあるわ。でも一番の理由は……」

「一番の理由は?」

「……コレット先輩の言葉にムカついたからよ」

「はい?」


 ぷいっと少し赤くなった顔をそむけて、小さく呟くリーゼロッテの言葉に、思わず間抜けな声をあげてしまいました。

 ムカついたから、さっさと勝負をつけたかったということですか?

 いったい何故?

 気になりますが、まずは何よりもするべきことがあります。

 私はリーゼロッテの手を取ると、"魔力供給"を発現させて魔力を流し込みました。

 

「アデル……有難う」

「いえいえ、約束でしたから。震えは収まったようですが、調子はいかがですか?」

「ええ、もう大丈夫よ」


 そう言って私からスッと離れるリーゼロッテ。

 離れる時に少しだけ名残惜しそうな顔をしていたように見えたのは、私の思い違いでしょうか?

 目が合うと恥ずかしそうに視線を逸らされましたが、それも一瞬のこと。

 直ぐにキッと強い視線を向けてきました。


「アデル」

「何でしょう?」

「その……聞かないの?」


 これは……先程のことを仰っているのですよね?

 聞いて欲しいのでしょうか?

 少なくとも無かったことにしたいと思われていると感じたのですが。

 ん? リーゼロッテの指先が微かに震えているようです。

 唇も真一文字になっていますし、何だか表情も強ばっていました。

 ふむ……ここは当初の予定通り、リーゼロッテが自ら公言しない限りは、いつものように接するとしましょう。


「はて、いったいどのことを仰っていらっしゃるのか、私には皆目見当もつきません。――ああ、そういえば一つありましたね。聞きたいことではありませんが」

「……何よ?」

「お見事な勝利でした。おめでとうございます」

「……え?」

「ですから、おめでとうございます。ですが――」


 呆気に取られているのか、ポカンとした表情を浮かべているリーゼロッテ。

 そんな彼女の両手を優しく握ります。


「あまり無茶をなさらないでください。リーゼロッテ様が優秀な方だということは私もよく存じ上げております。ご自身の身体に相当な負担がかかる魔力消費を、躊躇することなく使用したのは、私の異能を信じてくださったからでしょう?」

「え、ええ」

「信じてくださったこと自体はとても嬉しいですし、実行したリーゼロッテ様の気高い意志――硝子ガラスのように繊細なその美しさは、何物にも勝る素晴らしいものです。……しかしながら、無茶をされることで心配する者がいることも考えていただきたいのです」


 そのようなことは全く考えていなかったのでしょう。

 リーゼロッテの瞳が揺れているのが分かります。

 少しでも伝わってくれるとよいのですが……。

 

「……そうね。貴方の言うとおりだわ。ごめんなさい」

「いえ、分かってくださればよいのです」

「でもね、アデル。同じようなことがあったら、私はまた同じ行動をとるわ」

「それは何故です?」


 心配する者がいると理解した上で同じ行動をとると?

 その心理に興味を抱いた私は、即座に問い返していました。


「それは……アデルを他の誰にも……って! 何でもないわっ! ――貴方だって譲れないものはあるでしょう? 私にも譲れないものがあるというだけよ」


 何か別のことを言おうとしていたような気もしますが――譲れないもの、ですか。

 確かに私にも譲れないものはありますからね。

 曲げることのできない絶対的なものが。

 リーゼロッテにもあると言うのであれば、強制することはしたくありません。

 ならば――。


「承知しました。――ただし。せめて私の目に届くところでお願い致します。私が傍にいるときでしたら、如何なる場合であろうとも完璧にリーゼロッテ様のサポートを致しましょう」

「えっ……!?」


 大きく見開かれるリーゼロッテの瞳。

 何もそこまで驚くことはないでしょう。

 落ち着かせるべく笑みを浮かべ、握っている手に少しだけ力を入れます。


「リーゼロッテ様もたった今、仰ったばかりではありませんか。私にも譲れないものがある、と」

「アデルにとっての譲れないものがそれだと?」

「そうです。まあ、私の場合は両手で足りないほどたくさんございますが」


 私の目に届く範囲であれば、いくらでも手助けのしようがありますからね。

 無茶をすると分かっている以上、何もしないという選択肢は存在しません。


「ふふ、いいわ。アデルの目の届く範囲でのみにしましょう。――ちゃんと、見ていないと駄目よ?」

「もちろんですとも」


 握っていた手を離し、片方の手だけをもう一度取ると片膝をつき、手の甲に誓いの口づけをします。

 見上げるとリーゼロッテは顔を赤く染めつつも、微笑んでいました。

 後ろの方から、


「うむ! 何とも微笑ましいな。そうは思わぬか? ゼクス、ノイン」

「微笑ましいっちゅうか、めっちゃ甘いコーヒーを飲んでる気分ですわ」

「そうっスね。甘すぎて何というかごちそうさまって感じっス」


 という声が聞こえていますが、私は気にしないでおきましょう。

 同じく聞こえたであろうリーゼロッテは――ああ、耳まで赤くなって俯いてしまっています。

 俯きながら「べ、別にそんなんじゃないんだから……」と呟いていますが、この様子であれば大丈夫でしょう。

 さて、対戦相手であったコレットの方はどうでしょうか?

 ソフィアが回復させているはずですが――。

 コレットの方へ顔を向けると、ソフィアが"女神の癒し手パナケイア"を発現させた後のようです。


「ソフィア先生。コレット先輩は大丈夫ですか?」

「アデル君。外傷は完璧に治したのです。意識も戻っているのですが、様子がおかしいのです」

「様子がおかしい、ですか?」


 コレットを見ると、目は開いているので確かに意識はあるようですが、先程までと打って変わって大人しいですね。

 地面に座り込んだまま、一点をボーッと見つめています。

 完全に意識が覚醒しているわけではないということでしょうか?


「コレット先輩。お身体の調子はいかがですか? どこか気になるところはございませんか?」


 しゃがみこみコレットと同じ目線で話しかけると、ゆっくり顔を私に向けてきました。

 彼女と目が合ったので微笑むと、数回瞬きをした後に「……アデル君?」という声を発したので「はい、そうですよ」と告げます。


「は、はいいいいいっ!? な、何でアデル君が!?」


 そう言いながらものすごい勢いで後退りをするコレット。

 狂気に満ちていた瞳も、普通の綺麗な水色の瞳にしか見えません。

 ――先程までのコレットとは全くの別人のような変わりぶりです。

 ふむ。

 混乱状態にあると思われるコレットにゆっくり近づきます。

 

「コレット先輩。落ち着いて下さい。はい、深呼吸――大きく息を吸って」

「スゥー」

「ゆっくり吐いて」

「ハァー」


 コレットは私の声に合わせて、何度か深呼吸を繰り返しました。

 

「うん、もう大丈夫そうですね」

「あ、あの……アデル君。ここは演習場よね? 私はここでいったい何を?」

「……覚えていないのですか?」

「え、ええ」


 そんな事が本当にあり得るのでしょうか?

 普通に考えれば彼女が嘘をついているとしか思えないのですが、目を見る限りどうやら本当のことを言っているようですし。


「コレット先輩は、リーゼロッテ様と"赤騎士"を決める試合をなさっていたのですよ」

「ええっ!? わ、私が"赤騎士"を決める試合に? そんな……」


 絶句するコレットを見ていると、やはり嘘をついているようには見えません。

 頭を抱えながら必死に思い出そうとしているようですが、あの様子では直ぐには無理でしょう。

 時間をおけば何かしら思い出すかもしれませんし、ソフィアによって回復したとはいえ、試合が終わったばかりです。

 何より今ここで無理をして、コレットの身体に異常が発生しては困りますからね。

 後のことは、教師であるソフィアとベアトリスに任せましょう。

 

 ん?

 視線を感じ、即座に振り返ります。

 振り返った視線の先には――――ゼクスが飄々ひょうひょうとした顔で見つめていました。

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