第60話 五騎士選抜編⑰

 ――その夜。

 ソフィアとベアトリスから聞いた話によると、コレットはここ数日の間、自分が何をしていたかよく覚えていないということでした。

 気づけば演習場にいて、目の前に私の顔が眼前に迫ってきたので、とても驚いたそうです。

 コレットの口調は、リーゼロッテと話していた時とは別人のように大人しかったとも言っていました。

 恐らく、そちらが本来のコレットの姿なのでしょう。


 しかし、全く覚えていないということに疑問が残ります。

 彼女が最後に覚えていたことと言えば、後ろから誰かに話しかけられて振り返ったところまでは覚えているそうですが、そこからの記憶は一切ないとのこと。

 まるで記憶を切り取られたか・・・・・・・・・・、もしくは催眠術・・・にでもかかっていたかのようですが、本人が覚えていないのであれば確かめようがありません。


 と、そこでゼクスの顔が頭を過ぎります。

 いつもは細く閉じた彼の瞳が見開かれた瞬間、何かを感じたような気がするのですが――駄目です、意識すればするほどに思考が定まりません。

 今までのゼクスの言動を振り返ってみれば、彼がコレットに何かをしたのだろうということは何となく想像がつきます。

 ただ、問題は何をしたかということです。


 少し昼間のことを思い出してみましょう。

 そうですね……コレットの外見が変化したこと、本来参加する気がなかった"赤騎士"選抜戦に参加したこと、そしてリーゼロッテを挑発したことくらいでしょうか。

 悪意や敵意といった、負の感情をコレットから感じることはありませんでしたし、少なくともリーゼロッテに危害を加えようとしている風には見えませんでした。

 どちらかというと、私に向けられた別の感情であれば、痛いほど感じ取ることができたのですが――いえ、深く考えるのは止めておきましょう。


 リーゼロッテを傷つけることが目的ではなかった……?

 仮にそうだとすれば、真意はいったいなんだったのでしょうか。

 考えれば考えるほど、頭の中が袋小路に迷い込んだようになっています。

 ふう、一人で悩んだところで、やはり明確な答えは見い出せそうにありません。


 いくら考えても答えは出ないと意識を切り替えた私は、自室に備え付けられたベッドから起き上がり、大きく背伸びをします。

 そういえば、明後日にはシャルロッテたちが帰国するのでしたね。

 確か、オルブライト国王が直々に迎えにやって来るということですが、どのような御方なのか。

 まあ、シャルロッテを見ていればおおよその見当はつきますが、当日のお楽しみということにしておきましょう。





 そして、シャルロッテ達の帰国当日。

 朝食も摂り終え、帰国の身支度も済ませたシャルロッテ達を見送るべく校門に向かおうとした私達に、「そっちではないぞ」と口を開くシャルロッテ。

 彼女は校門とは反対側の校庭に向かって歩き始めました。


「シャル様、校門からでないとお迎えの車は来ないのではありませんか?」

「フハハ、アデルよ。心配は無用だ」


 そのまま、スタスタと前を歩くシャルロッテ達に困惑しつつも、私たちは彼女の後ろについていきます。

 やがて目的地である校庭に到着します。

 広さは縦横百メートルほど。

 庭というには広いですし、かといって運動をするには少々狭い場所ですが、運動部は存在しないので関係ありません。

 シャルロッテは腕組みをすると、何かを待つようにジッと空を見上げながら立っています。

 試しに私も空を見上げて彼女と同じ方向を見ますが、特に何も見えません。

 ふむ、心配無用ということは、ここで待っていれば迎えが来るということなのでしょうが。


「シャル! ずっと黙ってないで説明しなさい。何で校門じゃなく、校庭にいるのよ」


 しびれを切らしたリーゼロッテが、シャルロッテに歩み寄っていきます。

 ガウェインとエミリアは私の隣で心配そうに見つめるばかり。

 シュヴァルツはというと――「とても大事な用事があるからアデル君に任せる」と言って見送りを私達に任せ、一人足早に去っていきました。

 話を聞いた時にも思ったことですが、よほどオルブライト国王と顔を合わせたくないようですね。

 "五騎士"筆頭がそれでいいのでしょうか……。


「リーゼよ、そう急かすでない。もう直ぐだ。もう直ぐ――む! 来たぞっ」

「来たって何が――えっ!?」


 シャルロッテが指差すほうを見たリーゼロッテの瞳は、大きく見開かれていました。

 何に驚いているのでしょうか?

 釣られて見上げるとそこには――――飛空艇?

 空に浮かぶ漆黒の塊。

 船首と思われる部分は鋭く尖っており、先端には女神をあしらった装飾彫像フィギュアヘッドが取り付けられています。

 船体の至るところにプロペラがついており、まさに空飛ぶ船と呼ぶに相応しい乗り物が、上空に浮かんでいました。

 まさか、アレ・・に乗って?

 飛空艇は校庭に向かってゆっくりと下降し、やがて地面へ着陸しました。

 風圧を感じさせることなく着陸しましたから、これも電磁の力で動いているのでしょうか?

 それとも別の力が働いている?

 いやはや、何とも興味深い。

 飛空艇に感嘆の溜息を洩らしていると、船底の一部分が開き、階段タラップが伸びてきました。

 すると一人の男性が姿を現します。


「おー、やっと着いたか。……ん? そこにいるのはシャルじゃねーか」

「父様!」


 階段を下りてきた男性に向かって走って近づいたかと思うと、シャルロッテは勢いそのままに抱きつきました。

 勢いに圧されることなく受け止めた男性は、シャルロッテに笑顔を見せています。

 ゼクスとノインは後を追うようについていき、二人の両脇に控えていました。

 父様ということは、この方がオルブライト国王ですか。


「おっと。ハハッ、どうだった留学は? シャルの望むものは見つかったか?」

「うむ! 余の想像していた以上のものであったぞ。そうだ! 父様にも紹介しよう。会いたがっておったであろう?」


 オルブライト国王と視線が合います。

 服装は黒のスラックスに白シャツ、その上に赤いジャケットというラフなもので、正直に申し上げて国王といった感じには全く見えません。

 身長は、シュヴァルツ並といったところでしょうか。

 スラリとした体躯ですが、服の上からでも分かるほどよく引き締まっています。

 髪の色はシャルロッテと同じく輝く黄金。

 前髪も後ろ髪も肩にかかるほど長いのですが、前髪は真ん中で左右に分けられており、一部をヘアピンのような髪留めで纏めあげているため、額は丸見えの状態になっています。

 切れ長で赤く輝く瞳は紅玉のようで、生命力溢れる力強さがありました。

 転生前の私と近い年齢だろうと思われるのですが、全く年齢を感じさせない顔つきです。

 ――っと、見ている場合ではありませんでしたね。

 オルブライト国王に近づくと、胸に手を当てお辞儀をします。


「お初にお目にかかります、オルブライト国王陛下。私はアデル・フォン・ヴァインベルガーと申します」

「おー、お前がシャルの言ってたアデルか。俺はキースだ。キース・ウル・オルブライト。宜しくな」


 抱いていたシャルロッテをノインに預けたオルブライト国王は、ニカっと満面の笑みを浮かべながら、手を差し出してきました。

 ……握手、ですよね?

 一国の王がそう簡単に他者に触れてもよいのでしょうか?

 シャルロッテ達に目を向けますが、特に気にする素振りを見せません。

 気にするだけ無駄というやつですか。

 意を決してオルブライト国王の手を握ります。


「こちらこそ、宜しくお願い致します」


 オルブライト国王は、握り返された手と私の顔を交互に興味深くジッと見ています。

 そんなに見つめられると、どう反応してよいか困るのですが。

 かと思えば急に頷き出し、私の肩を叩きました。


「ほうほう……なるほどな。ハハッ、シャルが気に入るわけだ」

「――は?」

「いや、こっちの話だ。気にしなくていい。――シャル! 俺もこいつが気に入ったぞ! 他の婿候補は俺が抑えといてやる。俺の血を引いてるんだ、何が何でもモノにしろよ」

「うむ、もちろんだ! ――アデルよ、今回の留学では其方の気持ちを掴むことはできなかった。だが! 余も其方もまだ若い。必ず余の婿にしてみせるぞっ」


 シャルロッテは、いつの間にか私の直ぐ隣りまで接近していました。

 直感的に嫌な予感がした私は下がろうとしますが、オルブライト国王は握った手を離してくれません。

 あっ! と思った次の瞬間には、シャルロッテの柔らかな唇が私の頬に触れていました。


「はああああああぁ!?」


 いきなりのことに驚いている私の後方で、リーゼロッテの悲鳴にも似た叫び声が響きます。

 すぐ隣では両手で顔を抑えつつも、目だけはしっかり私たちを見ているガウェインとエミリア。

 張本人であるシャルロッテは、「暫く会えなくなってしまうからな。別れの挨拶だ」と言って満足そうに頷いていますし、オルブライト国王も、「それでこそ、俺の娘だ!」と言いながら頷く始末。

 普通、お嬢さんを持つ親御さん、特に男親であれば、異性の友人を遠ざけようとしませんか……。


 ――このあと、「今度お前を国賓として呼ぶから必ず来な。あ、リーゼはどっちでもいいぞ」と言って、飛行船に乗り込むオルブライト国王達四人。


「……アデル。私も絶対について行くわ。い・い・わ・ね?」


 語気を強め、出会った中で一番鬼気迫る表情で私を凝視するリーゼロッテを前に、断るという選択肢などありません。

 嵐のようにやってきたシャルロッテ達は、最後に大きな爆弾を落とし、そして帰りも嵐のように去っていったのでした。




 【五騎士選抜編】 (完)

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