第61話 幕間「飛空艇内にて」
「――さて、と。確かに面白そうな男だったな、シャル」
オルブライト王家専用機の飛空艇に乗り込み、聖ケテル学園を飛び立ったあと、席についたキース・ウル・オルブライトは、最愛の娘に対してそう問いかけた。
「面白そうな、ではないぞ父様。本当に面白い男なのだ、アデルは!」
「へえ?」
隣の席に座り、目をキラキラと輝かせているシャルロッテを見たキースは、真紅の瞳を細める。
留学前にも感じたことだが、ここまで娘が興味を持つ相手も珍しい。
――アデル・フォン・ヴァインベルガー。
確かに見所のありそうな男ではあったし、実際にキースの
キースの瞳は、視た者の能力を数値化することが出来る。
これは異能ではなく、先天的に備わっていたものであり、当然魔力も消費しない。
恐らく、世界でもキースしか持っていないであろう、極めて特殊な能力だ。
彼はこの能力を使用して、世界中から有望な人材を見つけては勧誘を繰り返していた。
生い立ちやそれまでの行いを気にしていないのは、自身の能力に絶対の自信を持っていたからである。
だが、アデルを視た時にキースは己の自信が揺らぐ事態に陥った。
未だかつて、"詳細不明"と視えた者など一人も居ないのだ。
彼の驚きは一瞬にも満たないものであったために、気づいた者は誰もいない。
即座に立ち直ったキースは、初めての反応を示したアデルのことを、面白そうだという意味も込めて「気に入った」と言ったのだ。
「ゼクス、ノイン。お前たちもシャルと同じ意見か?」
キースは席を回転させながら後ろを振り返ると、控えている二人に向かって問いかける。
ゼクスもノインも、キースの言葉にそれぞれ頷きを返し、代表してゼクスが口を開く。
「そうやなあ、面白いっちゅうかアレは異常ですわ」
「異常、か」
「ええ。魔力が飛び抜けて高いんはもちろんとして、異能を発現している者と異能に触れただけで再現出来る異能――ここまでは前に王様にも報告したとおりですけど」
ゼクスの言葉にキースが頷く。
世界最高の魔力を持つヴァインベルガー公爵家の継嗣が、公国内外でも有名な聖ケテル学園に入るという情報を手に入れ、ゼクスに探りを入れるように指示をしたのはキースである。
ゼクスからの報告をシャルロッテに盗み聞きされた結果、今回の留学となったのだから覚えていないはずはない。
「再現出来るんは第一位階だけみたいですけど、それでも複数の異能を発現出来て、尚且つ魔力量も桁違いやから何回でも発現出来る。これだけでも脅威やっちゅうのに、更に驚くことをやりよったんですわ」
驚くという言葉を用いたゼクスであったが、どちらかといえば面白がっているといった、弾むような響きが口調に乗っていた。
「驚くという割には随分と楽しそうな顔をしてるじゃねーか。どうせまた何かやらかしたんだろう?」
「ちょっ!? そないなこと言われるんは心外ですわ。この件に関して言えば、やらかしたんは姫さんのほうやし」
キースに突っ込まれたゼクスは慌てて否定すると、シャルロッテの方に目をやりながら、大袈裟に溜息を吐く。
確かに嘘は吐いていない。
あくまでも
だが、目を向けられた当の本人はまるで気にしていなかった。
「ん? そうだったか? そう言われるとそうかもしれぬが、リーゼ達とは三対一であったし、そもそも余は手加減を知らぬ。やるからには手合わせであろうと全力で相手をするのが王としての在り方よ」
「まあ、姫さんが手加減をするところなんて見たことないですけど……」
呆れ返った様子のゼクスは己の主を見る。
シャルロッテは己の欲望に忠実であり、どんなことであろうと全力を尽くす。
遠慮という言葉は彼女の中に存在しないのでは、とゼクスは思っている。
事実シャルロッテにそんなものがあれば、アデルに対して行った様々なアプローチなど一つとして出来ないはずであるし、今回の留学自体もなかったはずなのだ。
キースはゼクスからリーゼロッテとガウェインという少年と、エミリアという少女の三人とシャルロッテが手合わせを行い、その結果、戦闘不能に追いやり勝利したことを聞く。
普通の親であれば、三対一ということに対して心配の声をあげたり、戦闘不能にしたことを
「ハハッ、流石は俺の娘だ。だけどリーゼがねぇ……確かリーゼの方から婚約破棄をしたって聞いてたんだがな。それにしちゃ随分とアデルを意識しているというか、むしろ骨抜きにされちまってるな――シャル、距離の差ってやつは結構キツいもんがあるぞ、大丈夫か?」
「なに、父様だって同じくらい離れていたにもかかわらず、母様を王妃として娶ったではないか。余もやってみせるとも!」
「お、よく言った! その意気だ」
「うむ!」
二人して笑顔で頷き合う様は、まさに似たもの親子である。
ゼクスは顔に出さないまでも苦笑しつつ、肝心なことを口にした。
「大事なんはここからやで、王様。魔力が底を尽きかけた三人のうち、特に酷い状態やった子にアデル君が近寄ったんや。そんで――」
「それで?」
「新しい異能を発現させて、その子の魔力を回復させよったんですわ」
「……それは面白いな」
キースの表情が一変する。
一人で異なる異能を発現させたことにも驚いたが、何よりも他人の魔力を回復することが出来る異能など聞いたことがない。
しかも、一時的にとはいえ身体能力を向上させる効果まであるのだ。
なるほどシャルが執心するわけだ、とキースは心の中で何度も頷く。
"詳細不明"と出る理由、本来一つの異能しか発現出来ないはずなのに、何故二つ発現出来るのか、アデルには多くの謎が残る。
だが、キースにとってそんなことなど然したる問題にはならない。
大事なのはアデルが王国にとって有用かどうかの一点のみ、それは充分満たしている。
キースも一国の王である前に一人の親。
世界最高の魔力を持ち、他人の異能を再現出来る能力は魅力的であったし、可愛い娘のためならばという、ある種の親バカな面も働いていたのだ。
だからこそ、今回の留学も許可を出したし、王国の中でも十本の指に入る精鋭のうちの二人を護衛につけて送り出し、更には口実をつけて王家専用機を使って迎えにきた。
だが、アデルに対する評価と優先順位がキースの中で一気に上がる。
「――"国別異能対戦"の前にアデルを国賓として招待するのも手だな……いや、その前に公国に根回しを……」
「フハハ、父様がやる気になっておるぞ、ゼクスよ!」
「そのようで。……アデル君も厄介な二人に目を付けられたもんや」
「む? 何か言ったか、ゼクス?」
「いえ、なんにも」
こうなったキースは誰にも止められない。
思い立ったら即行動。
今までの彼はそうして全て己の思うまま、望むものを手に入れてきたし、そしてこれからも同じであろう。
ウチもノインも王様に掬い上げてもらったクチやしな、と独り言ちるゼクスの呟きが聞こえたのか、ノインも「そうっスね」となんとも陽気な声で頷く。
「そういえばゼクス」
言って、シャルロッテがちらりとゼクスを見る。
「なんですのん」
「リーゼの相手をした生徒、確かコレットと言ったか。――其方、『
「あら? バレました?」
ゼクスは悪びれもせずにあっさりと認めた。
彼の異能"邪眼"は、対象の欲望を増幅、開放し、行動を誘導したり、一種の催眠状態に陥らせることができる。
また、ゼクスの瞳を見た相手の五感を支配し、一定期間ではあるが対象を誤認させることが出来る効果も併せ持つ。
この異能の恐ろしいところは、視覚を通じて効果を発揮するため、不特定多数に効果があるのだ。
デリックの件も、食堂での出来事も、そしてコレットについても全てゼクスの"邪眼"によるものである。
異能を発現させなければ別に目を開けていても効果はないのだが、ゼクスのこだわりなのか、異能を発現させるとき以外では基本的に目を見開かないようにしていた。
「リーゼ以外に立候補する者がおらず、すんなりと‘赤騎士’になりそうだったからつまらんなとは言ったが、少々肝を冷やしたぞ。――あやつの、あの性格はなんだ?」
深く嘆息するように、シャルロッテは声を落としていた。
訝しげな視線をゼクスに向けている。
「そう睨まんとってください。姫さんは、ウチがなんか
「その言葉、嘘偽りはないであろうな?」
「もちろんですわ。だいたいウチの異能で相手の性格まで変えれんことは姫さんも知ってるやろ? あのコレットっちゅう女子生徒の欲望が、
ゼクスの言葉にそれもそうだな、とシャルロッテは思い直す。
そのまま小さな溜息を吐いて、やれやれと王女は首を振った。
「何とも理解できぬ欲望だ。いくら美しかろうと、強くあろうとも、仮に強引にモノにしようとも、アデル本人が好きにならねば意味などないというのに」
「分かるんですか?」
「フハハ! 無論だ」
ゼクスの問いに、シャルロッテの返事は即答だった。
アデルの顔を脳裏に思い浮かべながら、王女は笑う。
「一緒にいた時間は短いが、アデルという男の本質はなんとなく理解しておる。あれは誰に対しても優しく、目に映る者を守ろうと考えておるし、実際に手を差し伸べもする。――だが、心の奥底では、誰に対しても完全に心を開いてはおらぬ。自分でも気づいておらぬようであったが、まず間違いない。まるで何かに縛られておるかのように、アデルに絡みついておる。故に最後の一歩を踏み出せず、答えを
それが何なのかは余にも分からなかったがな、と強気なシャルロッテにしては珍しく、弱音とも取れる声を漏らす。
その様子を見ていたキースが口を開いた。
「でもよ、その程度で諦めるようなシャルじゃないよな?」
「――もちろんだとも! 壁は高いほどよい。余がアデルの心の扉をこじ開けてみせよう。リーゼでも他の女どもでもない、この余がな! そして、きっと余のことを好きにさせてみせるのだっ」
己の拳を高く突き上げて宣言するシャルロッテに、キースは「俺もああやって気合い入れてたな」と昔の自分を思い返しながら、顔を綻ばせるのであった。
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