第143話 ガウェインの成長と高い壁
その日の演習場はいつもよりも賑やかだった。
理由は簡単である。
国別異能対戦を終え、久しぶりに姿を見せた"五騎士"――というよりアデルを目当てにやってきているのだ。
前日までは手合わせをする学生以外は片手で数えるほどしかいなかったことを考えると、アデルの人気ぶりがよく分かる。
アデルたちが国別異能対戦に参加するためにオルブライト王国へ行っている間、演習場は閑散としていた。
学園に残っていたガウェインやエミリアは、アデルやリーゼロッテに負けまいとがむしゃらに演習に励んでいたのだが、アデルたちがいないとどうしても暗いムードが漂う。
そんな空気がアデル一人いるだけで一変するのだ。
彼が演習場に現れると、その姿を見るだけで何となく前向きな、何度でも頑張ろうというような雰囲気が醸し出される。
見る者を魅了し導く力が、アデルには確かにあった。
そして久しぶりの再会となったアデルと手合わせを希望した一人の少年も、アデルが纏う空気にあてられた一人だ。
「『――――
「甘いですよっ」
「ぐっ!」
地面が激しく揺れる。
左右非対称の髪の少年が仰向けに倒れ呻いている。
その少年の前で、貴公子然とした少年が呼吸を乱すことなく柔らかく微笑んだ。
「ガウェイン君、少し休憩しますか?」
「だ、大丈夫です。まだまだやれます!」
ガウェインが勢いよく立ち上がる。
立ち上がる際に足がもつれフラリとよろめきそうになったが、咄嗟に力を込めて、ニヤリと笑みを見せることで問題ない風を装う。
「師匠、もう一戦お願いします!」
地面と平行になるまで頭を下げたガウェインに、アデルは苦笑を浮かべる。
顔を上げたガウェインは真剣な表情をアデルへと向けている。
アデルは「仕方ありませんね」と少しだけ肩を竦めると、"
すぐにガウェインが応じる。
二人の得物は対照的だった。
アデルの"正統なる王者の剣"は刀身が約九十センチ、いわゆる大太刀に分類されるサイズ。
一方のガウェインが持つ"守護女神の盾"はその名が示す通り盾だ。
武器というには些か疑問が残る。
しかし、絶対的な防御力を誇るガウェインの"守護女神の盾"は相手の如何なる攻撃を通さず、衝撃すら隔絶する最強の盾だ。
相手がどんな異能を持っていようとも防御に徹していれば相手はいずれ疲弊するし、その隙を突いて相手の懐に入るという戦法が定石だろう。
だが、二人の視線が一瞬交錯した後、動き出したのはガウェインだった。
アデルめがけて無謀とも言える突進を敢行する。
"守護女神の盾"を前面に突き出したガウェインが、臆することなくアデルの懐へと踏み込む。
あっという間に距離が詰まり、アデルが構える黄金の剣が大きくなっていく。
ガウェインはその鋭い先端に全神経を集中する。
当然アデルも、相手の思うがままを許しなどしない。
冷静に相手の動きを捉え、ミネルヴァの"
ガウェインが己の間合いに入った瞬間、右手に握られた"正統なる王者の剣"を素早く振り下ろす。
異能により、スピードだけでなくパワーも常人を凌駕する威力に昇華された打ち込みを躱しきれる者などいるはずもなく、それはガウェインも例外ではない。
懸命に盾を突き出すものの弾き返すことはできず、打ち込みを強引に逸らすので精一杯だった。
剣と盾。
しかも振り下ろしを受け流されているにもかかわらず、アデルの体幹は全くぶれることはなかった。
ぐらりと体勢が流れたのは、ガウェインの方だ。
長さがある分、"正統なる王者の剣"はそれなりに重量がある。
振り回すにはかなりの力が必要だが、アデルは何でもないといわんばかりに軽々と振り上げ、隙だらけのガウェインに容赦なく振り下ろした。
それとほぼ同時に、アデルの背後から一本の板状の物体が迫る。
ガウェインの"守護女神の盾"から分離したものが宙を舞い、アデルの後頭部目掛けて襲い掛かったのだ。
アデルは振り下ろしを止め、"正統なる王者の剣"に導かれるように後方から迫りくる物体を振り払う。
がしゃん! という音を立てて弾かれた物体だったが、地面に落ちることはなかった。
それどころか、一本だけのはずだった板状の物体はいつの間にか、六本に増えていた。
アデルの周囲を飛び回り、結果、完全に包囲されてしまう。
「驚きました。以前言っていた異能そのものですね。いつの間に第二位階に?」
「つい最近です。まだ完全に操れるわけじゃありませんけどねっ!」
アデルの両側面から二本同時に襲い掛かってくる。
アデルは一本を首を捻るだけで躱すと、残る一本を"正統なる王者の剣"で弾き返す。
ふっと微笑を浮かべ、ガウェインを見る。
「いえ、大したものです。今までの防御に加えて攻撃する手段を手に入れたのですから。並大抵の努力でできることではないでしょう。頑張りましたね」
「師匠……」
「ですが、今のままでは五十点です」
「え?」
「何故なら――」
アデルは己を囲んでいる物体には目もくれず、前に踏み込んだ。
初動は決して速くない。
気負いのない、ゆらりとした動きだった。
だが、踏み出した足が地面に触れた瞬間――
ドン! という大気を揺るがすような大音響とともにその姿がブレる。
ガウェインが気づいた時には"正統なる王者の剣"の切っ先が目の前にあった。
"守護女神の盾"で防御を試みたガウェインだったが、そこで初めて気づく。
分離した部分は盾のかなりの部分を占めていた。
人ひとりを覆うほどの"守護女神の盾"は、ガウェインの顔を守る程度の大きさにまで小さくなっていたのだ。
眼前に迫りくるアデルの剣。
ガウェインは身体を反らしながら飛び退けた。
集中力が切れたせいかは分からないが、空を舞っていた六本は、遣い手を失った操り人形のように地面にガシャガシャと音を立てて落ちる。
先ほどと同じように体勢を崩した状態のガウェインだが、違う点が一つある。
それは、盾の大きさだ。
しかも板状の物体は地面に落下した状態で、直ぐに攻撃することもできない。
アデルが無防備なその瞬間を見逃すはずがなかった。
「はあっ!」
アデルが"正統なる王者の剣"を振り下ろす。
避けることも攻撃に転じることもできないガウェインは、やむを得ず受け止めようとした。
小さくなった盾を頭上に構える。
剣と盾がぶつかり合う。
盾の面積が小さくなったことで受け流すのは危険だ。
どうにか耐えようとしたガウェインだったが、持ち堪えられるはずもなく。
アデルの剣圧によって、ガウェインは盾ごと身体を地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
盾があったとはいえ、身体能力を強化した状態のアデルの一撃をまともにくらったのだ。
ダメージが小さいはずはない。
ガウェインは膝を震わせながら立ち上がろうとする。
「今日はこれくらいにしておきましょう」
片膝をついた状態のガウェインの手を取り、優しく声をかけるアデルに身体中の力が抜け、地面に崩れ落ちそうになる。
「おっと、このままでは翌日の講義に支障をきたしてしまいますね」
アデルがガウェインの手を握ったまま、ソフィアの"
盾がぶつかったことにより赤みを帯びていたガウェインの額が、一瞬で元の綺麗な肌に変わる。
「いくら治癒の異能で治るといっても、やりすぎはよくありませんからね。明日でよければまたお相手しますよ」
「……そう、ですね。ありがとうございました」
立ち上がったガウェインはアデルに向かって一礼した。
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