第99話 若者を導くことは年長者の務めです

 マリーのお茶会は大変好評だったようで、参加した淑女達は帰り際に「また呼んでください」とマリーにお願いしていました。


 マリーと一緒に見送り参加した私が「いつでも遊びにいらしてくださいね」と話しかけると、全員「必ず来ます!」と頷きを返していたのには驚きましたが、それだけお茶会を楽しんでくださったとういうことでしょう。

 

「お兄様が一緒にいてくださったおかげで、今日のお茶会は大成功でしたわ。ありがとうございます」


 皆を見送った後、私の方を振り返ったマリーは、笑顔でそう言いました。

 

「私も楽しかったですからね。毎日、というわけにはいきませんが、またやるときは参加しますよ」

「よろしいのですか?」


 上目遣いで申し訳なさそうにこちらを見つめるマリー。

 

「もちろん構いませんよ。何故ですか?」

「それは……。せっかくのお休みなのに、私の用事にばかり付き合わせてよいものかと思ったのですわ」


 なんという――健気で可愛らしいことを言うのでしょうか。

 同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 だって、そうでしょう?

 まだ十二歳の少女に、そして可愛い妹に気を使わせてしまったのですから。


「ふふ、そんなことを気にする必要などないのですよ」

「お兄様」


 私はマリーを引き寄せると、頭を優しく撫でました。


「マリーは私の大事な可愛い妹です。その可愛い妹の願いならば、私の時間などいくらでも使いましょう。だから、いいですね? これからは何も気にせず言いなさい」

「……っ。あ、ありがとうございます」


 マリーは私の背中に手を回して、ギュッと抱きしめてきました。

 私の胸にうずめた顔の表情を窺い知ることはできませんが、僅かに見える頬は赤く染まっています。


「さあ、ずっと外にいては凍えてしまいます。中に入りましょう」

「はいっ!」


 顔を上げたマリーは可愛らしい笑顔を見せながら、私の腕にしがみついてきました。

 淑女の振る舞いとして相応しいとは言えませんが、お客様はもう帰ったあとですし、今日は主賓として一日よく頑張っていましたからね。

 なにより私は普段屋敷にいないのですから、そのぶん甘えたいのだろうと考えてしまうと、何も言えるはずなどありません。


「皆さん、お兄様のファンになっていましたわ。なんでも明日はフィオナさんとマルギッテさんと公都に行って、アデル人形を買うのだとはしゃいでいました」

「それは、なんとも光栄なことですね」


 私にも年上の同性や異性に憧れる時期がありました。

 恐らく彼女たちも同じような状況なのでしょう。

 次に屋敷を訪れることがあれば、別のおもてなしを考えないといけませんね。

 屋敷に入りつつ、私はそんなことを考えるのでした。



 ――二日後。

 今度はミシェルのお茶会に参加していました。


 参加者はミシェルから聞いていた通り十人。

 マリーのお茶会と同じような登場の仕方を、ということはせず、衣装も礼式に則った服装で同席しました。


 皆さん男の子ということもあり、"学園対抗戦シュラハト"の映像を見ていたり、実際に会場まで行って観戦していた人もいたようです。

 お茶会の話の中心は"学園対抗戦"でもちきりでした。


「優勝おめでとうございます!」

「あの異能はどうやって発現したんですか?」

「どうしたらアデルさんのように強くなれますか?」

「弟子にしてください!」


 といった具合に、質問責めを受けました。 

 最後の「弟子にしてください」については、「まだ学生の身ですし、私も精進の日々なのですよ」と言って丁重にお断りしました。

 私は毎日の鍛錬がいかに重要かを彼らに伝えました。


「己の中に宿る異能がどれほど優れていようとも、異能を操る自分自身が未熟であれば、慢心してしまいます。慢心はすなわち自惚れを生みます。もういいや、と満足してしまうと、そこから先の成長はありません」


 食い入るように耳を傾ける少年の中に、そっと俯く者が何人かいました。

 覚えがあるのでしょう。

 

「よいですか? 私にも言えることですが、貴方たちはまだ若い。いくらでも成長できるのです。ですが、年齢は関係ありません。歩みを止めることなく、前を向いて最後まで己の意志を貫き通した人間は強い」

「そうすれば、誰にでも勝てるようになりますか?」

「ふむ。難しい質問ですね」


 意志を貫き通した人間は確かに強いです。

 己を律し努力すれば大なり小なり成長しますし、心もきっと強くなるでしょう。

 しかし――。


「どんなに頑張っても届かない頂きというものが存在するとします。そんな時、貴方ならどうしますか?」

「仕方ないと諦めます」


 少年の名前は――確かマルコでしたか。

 マルコは俯いたまま唇を噛み締めました。


「仕方のないことなど、この世界にはありはしませんよ」

「でも……」

「何もしないうちに諦めて投げ出すのなら、貴方自身の意志で決めなさい。確かに戦わなければ負けることはありません。ただし、悔いは残るでしょう。何故あのとき何もしなかったのか、と。同じ敗北をするのであれば、己の全力を尽くして、納得のできる敗北を手にする方がいい。それが貴方の成長の糧になるでしょう」


 そこで言葉を切ると、マルコの肩にそっと手を置き、ニコリと微笑みかけました。


「諦めなければ全てが叶うとは言いませんが、諦めたらそこで終わりです。それに……マルコくんが諦めない限り、私は最後まで貴方の勝利を信じましょう」


 十二歳の少年には、少々難しい言葉だったかもしれません。

 全てを理解できるとは思いませんが、少しでも何かを感じ取ってもらえればよいのですが――。


「僕、諦めません! 必死に頑張って、そして……いつかアデルさんのようになってみせます!」

「……そうですか。頑張って下さいね」

「はいっ!」


 マルコは目をキラキラと輝かせながら大きく頷きました。

 黙って話を聞いていた、ミシェルを含めた他の少年たちも、真剣な眼差しで私を見ていました。

 全員、真っ直ぐで綺麗な瞳です。

 

 このまま自分を信じて突き進んで欲しいものです――おや? なんだか外が騒がしいような……。

 扉の向こうから慌ただしい声が聞こえてきました。


「ロートス様、急に困ります! 本日はミシェル様はお茶会なのです」

「知っているさ。だから来たんだ!」


 閉ざされていた扉がバァン! と乱暴に開かれると、ミシェルと同じくらいの年齢と思われる少年と、ルートヴィッヒの姿がありました。

 ウェーブがかった茶髪の少年は、ルートヴィッヒの静止を振り切りズカズカと部屋に入りこんできました。


 見たところ品の良さそうな顔立ちをしていますし、着ている服も仕立ての良いものを使っているようです。

 ミシェルのお茶会のことを知っていて、ルートヴィッヒが屋敷への侵入を許しているということは、彼も貴族なのでしょう。

 

「ミシェル、彼はいったいどなたですか?」

「ノイマン公爵家の嫡男、ロートス・フォン・ノイマンです……」


 ノイマン公爵家――それならアデルの記憶として残っています。

 確か、公国に二つある公爵家の一つで、ヴァインベルガー公爵家とは犬猿の仲だとか。

 そのノイマン公爵家の少年が何故ここに?


「見つけたぞミシェル! ん? そこにいるのがミシェルの兄のアデルだな。ちょうどいい」

「確かに私がアデルですが、ちょうどいいとは私にどういったご用件でしょうか?」

「お前に決闘を申し込む!」

「はい?」

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